の言《ことば》には形がございましょう」と云って、懐中《ふところ》から取り出したものがあった。それは、雨水《あまみず》と泥で汚れた用箋の切端《きれはし》だったが、それには黒インクで、次のような独逸《ドイツ》文が認《したた》められてあった。
[#天から3字下げ]Undinus《ウンディヌス》 sich《ジッヒ》 winden《ヴィンデン》
「これじゃとうてい筆蹟を窺《うかが》えようもない。まるで蟹《かに》みたいなゴソニック文字だ」といったん法水は失望したように呟《つぶや》いたが、その口の下から、両眼を輝かせて、「オヤ妙な転換があるぞ。元来この一句は、水精《ウンディネ》よ蜿《うね》くれ――なんですが、これには、女性の Undine《ウンディネ》 に us をつけて、男性に変えてあるのです。しかし、これが何から引いたものであるか、御存じですか。それから、この館《やかた》の蔵書の中に、グリムの『古代独逸詩歌傑作に就《つ》いて』かファイストの『独逸語史料集』でも」
「遺憾《いかん》ながら、それは存じません。言語学の方は、のちほどお報せすることにいたします」と鎮子は案外率直に答えて、その章句の解釈が法水の口から出るのを待った。しかし、彼は紙片に眼を伏せたままで、容易に口を開こうとはしなかった。その沈黙の間を狙って熊城が云った。
「とにかく、易介がその場所へ行ったについては、もっと重大な意味がありますよ。サァ何もかも包まずに話して下さい。あの男はすでに馬脚を露わしているんですから」
「サァ、それ以外の事実と云えば、たぶんこれでしょう」と鎮子は相変らず皮肉な調子で、「その間私が、この室に一人ぼっちだったというだけの事ですわ。しかし、どうせ疑われるのなら、最初にされた方が……いいえ、たいていの場合が、後で何でもないことになりますからね。それに伸子さんとダンネベルグ様が、神意審問会の始まる二時間ほど前に争論をなさいましたけれども、それやこれやの事柄は、事件の本質とは何の関係もないのです。第一、易介が姿を消したことだって、先刻《さっき》のロレンツ収縮の話と同じことですわ。その理学生に似た倒錯心理を、貴方の恫※[#「りっしんべん+曷」、第4水準2−12−59]《どうかつ》訊問が作り出したのです」
「そうなりますかね」と懶気《ものうげ》に呟いて、法水は顔を上げたが、どこか、ある出来事の可能性を
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