hックス》を感じているんですよ。あの真に迫った殺し場を、隠そうとしたものが、却って……」
「じゃ、私が犯人だって云うんですの」
 孔雀は眼をクリクリさせたがパッと口を開いて、真赤な天鵞絨《びろうど》のような舌をペロリと出した。
「サア見て頂戴。キプルスでは口に入れた穀粒に、唾のついていない時には、その人間が犯人なんですってね。たとえ、あの時、雪のように降って来る花弁が、私の身体を隠し了せたにしてもだわ。どうして、あの短い間に、奈落まで往復出来るでしょうか。ああ私、ほんとうは隠し通そうとしたのでしたけど、思い切って云ってしまいますわ。実は、父を見たのです。見たどころかいきなり後から脊を打たれて……」
「なに、脊を打たれて……」
 熊城は莨《たばこ》を捨てて、思わず叫んだ。孔雀は左眼をパチリと神経的に瞬いて、
「よく、オフェリヤの棺と間違えますが、衣裳部屋にある櫃の中から、もう一着、亡霊の衣裳を取り出して来いと云われました。私は初日から、雑夫の中に父が混っているのを知っていたのです。だって、喰べ物を口にするとき、辺を見廻わすなんて、誰が父以外にあるもんですか。それで、私は最初断りましたの。すると、私が着換えをしていると、またやって来て、あの大きな影法師に愕《ぎょっ》とした途端、いやというほど拳で脊を打たれました。ですから、右手の扉の方に逃げようとすると、その前へ立ち塞がって、とうとう私は、衣裳盗みをさせられてしまったのです。その時の痛さと云ったら、左の手首にずうんと響いた位ですわ」
 そう云って、取り出した、莨の烟《けむり》の中で、孔雀は裸の腕を擦《さす》り始めた。
「すると、それは何時《いつ》頃ですか」
 法水はその横顔をチラリと見て、事務的な訊き方をした。
「僕は円錐形《コーン》の影が、一体何処を指していたか、知りたいのですよ。貴女はミルトンの『失楽園』の事を、誰からかお聴きになった事がありますか。これは、天上から見た地球の話ですが、太陽の蔭になった方には円錐形《コーン》の影が出来て、それが天頂に達すると夜半。そこと六時との間が、ほぼ九時になると云うのです。つまり、童話の神様が見る時計なんですよ」
「ああ、あの悪魔《ルシファー》がやって来た時のこと……」
 孔雀はちょっと、白い頸窩《ぼんのくぼ》を見せたが、
「最初は多分三時前後だったでしょう。それから二度目に来た時
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