ところもない今浦島となったキューネは……それから先々もかんがえず怖ろしさも感ぜずに、ただフラフラと放心したように歩みはじめた。
(殺すぞ。鬼のようなベレスフォードのやつ、からならず殺《や》ってしまうぞ)
いま、キューネの胸のなかには、それだけの事しかない。すると、月のない夜がもっけの倖いとなり、ふらふら彷徨《さまよ》ううちに隊長官舎のそばへ出た。巨きな、腕ほどもある胡瓜の蔭に、ちらっと灯がみえる。窓はあけ放され、部屋のなかが見える。壁には、子供がかぶるピエロの帽子。卓には、オモチャの喇叭《ラッパ》や模型の海賊船《ヴァイキング・シップ》。
(ようし)彼はぐびっと唾をのんだ。
眼には眼、歯には歯だ。ベレスフォードに、男の子がいるとは……天運とはこのこと。と、ただ復讐一図に後先もかんがえず、やがて、ちいさな寝台から抱えあげたその子を、毛布にくるんでそっと持ちだしたのである。まもなく、夜風をはらんだ独木舟《プラウー》の三角帆が深夜のフインシャハを放れ矢のようにすべり出た。
密林逃亡者《ブッシュ・レンジャー》
しかし、キューネは、くらい海上にでるとさすがに亢奮も醒めた。いま、
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