鉾にこしらえてきた。寛文年間の、高橋板の料理物語のなかにも鯰蒲鉾のことについて書いてあった。
 鯰は、一年中いつでもおいしいのであるが、これから寒さが加わってくると、その味には次第に旨みを加えてくる。最もおいしいのは、そぎ身であろう。殊に、鰻と同じに胴から下方の尻尾に近い間が珍重されるのである。まず三枚におろして、包丁で薄く身をそぎ、それを冷水に浸けて揉み、酢味噌で頂戴すると、その淡白なにものにも比ぶべくもない。
 蒲焼きもよい。脂肪をあまり好まぬ人には鰻の蒲焼きよりもこの方が舌に合うかも知れぬ。頭を去って三枚におろし、それから鍋に醤油、砂糖、味醂を加味してすっぽん煮に作ると、これは婦人や子供に歓迎される。中華料理では煎鮎魚といって、まず鯰の腹を割き、汚物を去り皮を剥ぎ、身を薄く長さ一寸五分ほどに切り、胡麻油四勺、酒六勺、醤油五勺、白湯五勺、葱二本を細長く一寸位に切ったもの、生薑《しょうが》の刻んだもの二匁を材料とし、まず鍋に油を沸《たぎ》らせ、鯰の肉を入れて時々箸で裏返し、約三十分間ほど強火で炒り、それから酒やその他の材料を入れて蓋をし、一時間ばかり文火《とろび》で煮てから碗に入れてだすのであるが、これはひどく手数がかかる。
 鯰は、五、六月の田植え頃に産卵するのである。田圃に田植えの準備がはじまって、苗代水が流れだすと鯰は大きな流れや深い淵から、細流や田のなかへ遡り込み、水藻の葉などに卵を生みつける。卵は一腹に五、六百万粒ほど入っているといわれる。鱈の卵に劣らぬほどの数を持っているのである。鱈の卵が完全に艀化し、完全に幼魚が育ったならば世界の海は三年間に、鱈で一杯になるといわれているが、鯰の卵も完全に一尾残らず艀化し、生育したら日本国中鯰だらけになって、足が辷って歩けないようになるかも知れない。
 だが、鯰の卵はおいしくない。おいしくない点では※[#「魚+才」、186−10]《さい》の卵と淡水魚中の双壁であるといわれている。



底本:「『たぬき汁』以後」つり人ノベルズ、つり人社
   1993(平成5)年8月20日第1刷発行
入力:門田裕志
校正:松永正敏
2006年12月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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