火の手があがった。と、同時に寄せ手の軍勢は、鬨《とき》の声をあげ、城門も吹っ飛べとばかり、何万かが束になって押し寄せてきた。城兵は、これを迎えてなにかと必死になって戦ったけれど、如何とも支え得られそうもない。
 城門を押し倒して、あわや城内へ北条勢が押し込もうと見える危機一髪のとき、不思議なり城の一角から大軍勢が押し出し、手に手に松火を翳《かざ》して、北条勢の鬨の声よりも、さらに大きな鬨の声をつくって寄せ手のなかへ躍り込み、敵を無二無三に斬りまくったのである。
 城兵も、これがために勢いを盛り返して、奮戦したので、さしもの北条、武田合同軍も、ついに敗走してしまったのである。これに乗じて城兵は、城外へ押し出して敵を追跡し、これを殲滅しようとしたけれど、伏兵の虞《おそ》れありとなし、謙信はこれを制止した。
 だが、思いがけない軍勢が、味方を救ったことについて、城内の幹部も兵卒も、甚だ不思議としたけれど、その謎は解けなかった。戦闘が終わって、城内の石垣の上や、門の扉に明るい朝暾《ちょうとん》が当たりはじめたころ、将兵が斬り合いの激しかった場所へ行ってみると、そこにもここにも獣の毛がちらばって
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