老狸伝
佐藤垢石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)槍《やり》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)大|袈裟《げさ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「豸+權のつくり」、第4水準2−89−10]
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  一

 大寒に入って間もない頃、越後国岩船郡村上町の友人から、野狸の肉と、月の輪熊の肉が届いた。久し振りの珍品到来に、家内一同大いに喜んだのである。
 越後岩船郡は新潟県の東北にあり、越後山脈を中に挟んで、山形県と境を接している。友人からきた手紙によると、野狸の方は村上近在の農村へ、のこのこと遊びに出てきたのを、鉄砲で撃ち取ったのであるが、熊の方は、友人の母の里方である越後山脈の、深い雪の谷合いの穴で、専門猟師が槍《やり》で突き殺したのであるという報《しら》せである。ご馳走が、極端に払底なこの頃の世の中に、まことに難い饗饌《きょうせん》だ。
 私は上州、会津、雄鹿半島、紀州、丹波、信濃、満州などの狸を食ったことはあるけれど、
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