と、城兵の姿は見えなくなった、そんなことを幾度か繰り返して恰も寄せ手はなにかに魅せられているようだ。
 はて、これは只事にあらず、と考えたのは寄せ手の大将である。妖魔の仕業に違いないと判断して、部下の侍に命じ、蟇目の矢を射させたところ、果たせるかな城壁の大軍は、掻き消すように、消えてなくなり再び姿を現わさない。
 そこで、とうとう厩橋城は陥ってしまったのだが、厩橋城下の人々はこの奇蹟について、あれは上州邑楽郡六郷村にある茂林寺の分福茶釜狸が、応援にきたのであるといっている。
 茶釜狸と、厩橋城とどういう関係があったのか、それについて何も知ることができない。だが、これは上州長脇差の本領を現わして、厩橋城内に棲んでいる狸の運命危うしと見て、茶釜狸が、おっとり刀で飛びつけた義侠心であるかも知れぬ。

  九

 ある年の冬、厩橋城下に失火があった。折柄、上州名物の空っ風が吹きすさんで、火は八方にひろがった。町の人々は、必死となって防火に努めたけれど、手がつけられない。傷者、死者まで出る始末で、今はもう手を拱《こまね》いて厩橋城下の全滅を傍観するよりほかに、手の施しようのない仕儀となった。
 これを、霊感で知って驚いたのは、茂林寺の茶釜狸である。
 元来、茂林寺の狸は、今の上越線の線路から一里程離れた榛名山麓湯の上村付近の出身であるとされているのであるけれど、厩橋城下の人々は、厩橋城内出身であると信じている。城の隅の穴に年古く棲んでいた狸が、神通力に功を積み、ついに茂林寺へと罷り越して、茶釜に化けたのであるという。
 それが、わが故郷の厩橋城下に大火が起こったと知ったから、胆を潰したのである。
 産湯を使った地を、焦土と化してはいけない。一番、大いに奮闘して消し止めてやろう。
 忽ち、一隊の火消組に化けた。纏《まと》いを威勢よく舁《かつ》いで、館林の町をはじめ、近所近在の消防組を狩り集め、十数里の路を、一瞬の間に厩橋城下へ駆けつけた。
 多数の消防隊は、燃え盛る猛火のなかへ飛び込んで、縦横無尽に活動したから、かかる大火もついに消し止められたのである。
 鎮火して、夜が明けた。ところで、家や土蔵が崩れ落ちて、柱や商品のぶすぶす煙《くすぶ》る白い煙のかげに、この地方では見かけぬ消防夫が、あっちこっちにも立っている。でも城下の人々はこの消防夫たちに厚く礼を述べて労を謝し、さて皆さ
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