ろであなた旅費はどうなさいます」
「さあ」
「万一の時に取って置きのお金をお持ちでしょうか」
「ない」
私は、過去の生涯甲斐性なしを責める情が、一時に胸へこみ上げて、汚れた畳の上へ突っ伏した。翌朝私は、母と妹に宛てて見舞いと詫状を書いたのである。
翌日から私は、また街の掃除屋へ、うらぶれた姿で稼ぎに行った。
五、六日造ぎた日、終日働いて暗くなってから家へ帰ると、東京の親しい友人から手紙がきていた。私は、地下足袋もぬがないうちに框《かまち》に腰かけたまま、それを読んだ。
前略、御健勝の由慶賀に存じ候。さりながら自今御窮迫との御事、それしきの境遇苦慮するに足らずと、遠方より御声援申上げたく候。
さて、小生は先頃より貴台の御住所を探し居り候いしが皆目判明致さず閉口致し居り候処へ図らずも貴翰到来、大いに安心致したる次第に有之候。と申すは、実は小生今回或事業を創始仕り、貴台の技術と経験と人柄を是非必要に感じ、貴台の所在につき百方尋ね居たる有様に御座候。事業の目論見書は別封にて御送り申上げ置き侯共、御一議の上、小生に御協力給わる御気持を以って至急御状況煩し度、此段切に願入候。恐縮に存じ候
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