の手になにか握っている。
「おい新米、土管のなかからこんなものがでた」
こういって、あば辰は大きな掌を開いてみせた。私は、その掌を覗いた。掌の上に、金の総入歯がぴかぴか光っている。あば辰と樺太は、私を新米、新米と呼んでいた。
この総入歯は、よほど贅沢の人が作ったものと見えて、ふんだんに純金が使ってある。全部で、三、四匁は使用してあるかも知れない。当時、純金は一匁三円五十銭程度であったから、どんなに安く見積もっても、この総入歯は十円以上の価値はあろう。
「どこかの大家の隠居かも知れないな、湯尻へ落としてあきらめたのだろう」
と、私はいった。
「古金屋へ持って行けば今夜一盃呑めるが、おい新米、一体これはどう処分したらいいんだ」
樺太は、こう私に問うのである。私は、しばらく考えた。
「古金屋へ持って行くのは止めたがいい。これは一応、交番へ届けなければいけねえ品だね」
こう、私は意見を述べた。すると、あば辰も樺太も苦い顔をした。
「それじゃ、一盃にならねえじゃねえか。交番で取っちまうだろう」
「もちろんさ、一年たっても遺失主が現われなければ、おいらのところへ下げ渡されるけれどその間は警察へ預け放しさ」
「そいつは、つまらねえ」
「花咲爺さんじゃねえけれど、こいつは天道さまがおいらに授けたんだ。三人で呑んじまうことにしべえよ」
二人は、呑むことを盛んに主張する。
「呑みたいのは山々だが、そいつはいけねえな。天知る地知るだ。後が怖ろしいぞ」
「後が怖ろしいとは、どういうことだ」
「拾得物横領というので、呑んじまったことが分かれば、おいらは後ろへ手がまわる」
「そんなわけか」
「危ない危ない、交番行きが一番安全だ」
最後に、あば辰も樺太もふしょうぶしょう私の意見に従った。
「そうと決まったら、二人で交番までひと走り行ってくらあ」
あば辰は、こういってから樺太を顧みた。あば辰は、また大きな掌の金歯を握ったまま、往来を小走りに西の方へ向かって走りだした。樺太が、その後に従った。
――呑むことに同意しないでよかった――
と、私は思った。
それから一時間待てど、二時間待てど二人は帰ってこなかった。私は、自分の掘った土管を掃除してから、さらに二人の分も掃除して、元のように土管を埋めた。そして、湯屋の番頭を呼んで通水させてみた。掃除は、立派に終わったのである。もう、夕方
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