父の俤
佐藤垢石

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)叉手《さで》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)網|魚籠《びく》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)はや[#「はや」に傍点]
−−

 手もとは、まだ暗い。
 父は、池の岸に腹這いになって、水底の藻草を叉手《さで》で掻きまわしている。餌にする藻蝦《もえび》を採っているのである。
 藻の間を掬《すく》った叉手を、父が丘《おか》へほおりあげると、私は網の中から小蝦を拾った。藻と芥《あくた》に濡れたなかに、小さな灰色の蝦がピンピン跳ねている。
 母は、かまどの下で火を焚きはじめたらしい。池のあたりまで薪のはねる音が聞こえてくる。昧暗《まいあん》から暁へ移った庭へ、雄鶏《おんどり》が先へ飛び降りて、ククと雌鶏《めんどり》を呼んだ。
 初夏とはいうけれど、時によっては水霜も降りるこの頃では、朝の気は私の小さな手に冷たかった。
『もう、行こうよ!』
 私は、いくども父を促した。けれど父は、
『待て待て、餌が少ないと心細い――いい子だな』
 と、言ってなおも、叉手を忙しく動
次へ
全6ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング