た。渋い喉で蝉丸の山入が始まる。『一中は親類だけに二段きき』という川柳がある。それを聴衆は神妙に聞いている。さすが美音会の会員達だと思った。無事にすむと急霰《きゅうさん》のような拍手が起こった。
 歌沢に入る前に二十分ばかりの休憩がある。背後にいる桃水君が、老人に向かって、
『一体芝派の節には艶がないね、今少し何とかなしようがあろうと思う』と言う。
『そうですね。どうも寅派の方に味があると思う』と答える。暫時談話がやんでいると、また桃水君が、
『あの婆さんは、一度止めたんだが、出て見るとやはり声が佳いものだから、近頃又始めたのだそうだ』
『ええ、とにかく芝派の元老ですからね』、芝土志の噂をしているらしい。桃水君は自ら三味線を執《と》って唄う自慢の歌沢が聞きたい。
 まず芝土志が現われる。例の如く江戸時代の渋味を大切に、皺の間に保存しておくような顔で跋《ばつ》の足には大きな繻子《しゅす》の袋を冠《の》せて、外見を防いでいる。見るから感じのおだやかなお婆さんである。三味線は清子である。淡雪と枯野を楽に唄い退《の》ける。非常な喝采だ。『これだから誰でも歌沢が好きになるのだ』と背後の方で誰かが言う。
 次に芝鈴が出た。四十歳ばかりの年増で、態度がちと無造作だ。私はこの人のを聞くのは初めてである。淀の川瀬と柱立を唄う。土志と変わって非常に大きな声で物にもよるだろうが唄い振り、節回しが頗《すこぶ》る粋だ。聞く人によっては鈴の方が好きだというかも知れない。
 終わるとまず桃水君が『フフウン』と感じ入った。
『しかし芝土志は、枯野の田面をたおも[#「たおも」に傍点]と唄った。あれはたのと[#「たのと」に傍点]唄わなくちゃいけない。僕のところなら直ぐなおしてやるのだが』とこう独り言をいった。
 私はその言葉を興味をもって聞いた。それは桃水君と寅千代とを並べて考えたからである。そして直ちに桃水君が神楽坂の寅千代の家へ行って、女に唄わせながら、そこはこう唄わねば文句の意味が現われないなどと頻りに訂正を試みているところを想像してみた。暫《しばら》くすると桃水君はフイと帰った。歌沢が終われば後のものにはもう用がないという風に。
 ふと二階のボックスを見ると、吉備舞の連中が十二、三人ドガドガと入って来た。何れも立ったり座ったりしている中に、先刻神路山を舞った原杉多喜子のベールを頚《くび》に巻い
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