冬の鰍
佐藤垢石
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)鰍《かじか》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)雪|代《しろ》水
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「竹かんむり/奴」、第4水準2−83−37]《ど》
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冬の美味といわれるもののうち鰍《かじか》の右に出るものはなかろう。
肌の色はダボ沙魚《はぜ》に似て黝黒《ゆうこく》のものもあれば、薄茶色の肌に瓔珞《ようらく》[#ルビの「ようらく」は底本では「えうらく」]のような光沢を出したのもあるが、藍色の肌に不規則な雲型の斑点を浮かせて翡翠《かわせみ》の羽に見るあの清麗な光沢を出しているのが一番上等とされている。川の水温と鰍は密接な関係を持っている。北風に落葉が渦巻いて、鶺鴒《せきれい》の足跡が玉石に凍るようになれば、谷川の水は指先を切るほど冷たくなる。その頃、鰍押しの網で漁《と》ったものならば、ほんとうの至味という。また、早春奥山の雪解けて、里川の薄にごりの雪|代《しろ》水が河原を洗う時、遡《のぼ》り※[#「竹かんむり/奴」、第4水準2−83−37]《ど》で漁った鰍も決して悪くない。鱒《ます》も山女魚《やまめ》も鮎も同じであるが、冷たい水に棲んでいるものほど、頭と骨がやわらかい。殊に鰍は冬が来ると、こまやかな脂が肉に乗って骨がもろく、川魚特有の淡泊な風味のうちに、舌端に溶けるうま味を添えてくる。
雪の武尊《ほたか》山の谷間から流れ出る発知川と川場川を合わせる薄根川、谷川岳の南麓に源を発して法師温泉を過ぎ、高橋お伝の生まれた村の桃野で利根川に合する赤谷川に産するものは東京近県の絶品といわれている。常陸国の久慈川上流白根連峰の東側に流れる早川で漁れるものも見事である。どの川も水温が低いためであると思う。
鰍は一月、二月が産卵の季節である。この卵は奥山の早春の山女魚釣りにはなくてはならぬ餌である。漁師が谷川の底石を金熊手で引き起こすと、地蜂が幾重ねにも巣をかけたように、矢倉石の天井に鰍は卵を生みつけておく。これを漁師は、一塩漬けの日陰干しにして山女魚の餌に使うのであるが、人が食べてはうまいものではない。
産卵が終わって雪代水を迎えると愛嬌のある頭につぶらな眼
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