この機会を逸してはと考えた。
『私に友釣りを教えてくれませんか』
 と、率直に申し込んだ。
『いままで、石川釣りをやっていたんだが、どうも面白くない』
 と、つけ加えたのである。
『お前さんはどこだい?』
『酒匂へきているんですよ。上州の方から』
『ふん。だが、友釣りはむずかしいよ』
 老人はようやくこれだけ口をきいたのであるが、お前のような青二才に友釣りなどが、そうたやすく覚えられるものか、といった態度と口吻《こうふん》である。
『どうか、手ほどきして貰いたいと思うんですが』
 私も、執拗であった。
『夜、おれの家にきな。教えるから――』
 この場で、一通りの説明だけをして貰いたかった私は、この言葉を聞いて癪《しゃく》にさわった。老人の住所を、聞いておこうかと思ったが、止めにした。
 けれど、試みに老人が河原に倒して置いた竿を握ってみた。長さは三間あまり、全体の重量が手にこたえるほどの調子で先穂の硬い、二、三十年も使い古したと思われるような、男竹の延べ竿であった。
『竿に、手をかけちゃいけない!』
 老人は、咽《のど》から絞り出すような声で私を叱った。そして、ひったくるように私の手か
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