増上寺物語
佐藤垢石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)昧暗《まいあん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)松杉檜|縦《もみ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)斗※[#「木+共」、第3水準1−85−65]
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     五千両の[#「五千両の」は底本では「五十両の」]無心

 慶応二年師走のある寒い昧暗《まいあん》、芝増上寺の庫裏《くり》を二人の若い武士が襲った。二人とも、麻の草鞋《わらじ》に野袴、革の襷《たすき》を十字にかけた肉瘤盛り上がった前膊《まえかた》が露《あらわ》である。笠もない、覆面もしない。
 経机《きょうき》の上へ悠然と腰をおろして、前の畳へ二本の抜き身を突きさした、それに対して、老いた役者が白い綿入れに巻き帯して平伏している。役者というのは、いまでいう寺の執事長である。一人は土方晋、一人は万理小路某と臆するところもなく役者に名を告げた。そして土方が厳《おごそ》かな言葉で、
『増上寺にも、いまの時世が分かっていよ
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