ねえんで――」
「お剰銭なんぞ、いいんですよ」
「それじゃ済まねえの」
 このときはじめて、農家の親爺さんの頬と小鼻の脇に、笑いの表情が動いたのである。「それじゃ、お剰銭がねえがの」という手に対しては、都会のおかみさんは馴れたものである。万事、心得たものだ。
「おじさん、またきますから、こん度おじゃがなんか、売って頂戴ね」
「あいよ。この相場なら何でもやるよ。おれのうちになければ、近所から都合してきてもやるべえよ」
 野菜買いだし問答は、こんな調子のものであろう。
 先日、私はこの夏食べねばならぬ時無し大根の種を蒔き終わり、縁に腰かけて煙管で一服やっていると、三十歳前後の見知らぬ男が庭先づたいにやってきた。そしてだしぬけに、しかも、なにか憚るように、
「おじさん、なにかありませんか」
 と、いうのである。私は、この青年見当違いをしてやってきたなと思った。
「なにかありませんかって、どんなもの」
「米でも、じゃがいもでも結構なんですがねえ、少し――」
「なんだ君は買いだしか――だが僕のところには生憎なにもないんだよ」
「うそ言わないでさ」
「うそだもんか、僕の方でほしい位だ」
「じょうだ
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