ょうめい》、底石の姿がはっきりとなる、朝と夕べのまずめであろう。
くさむらから香りの高い山百合が覗く崖の下に立って、羽虫に似た毛鈎《けばり》を繰り、上下の対岸から手前の方下流へ、チョンチョンチョン、水面を叩きながら引き寄せるうち、ガバと水をわって躍り出す山女魚の姿を見るのは、晩春の夕|陽《ひ》が山頂の西の雲を緋に染めた一刻である。ひらひらと水鳥の白羽を道糸の目印につけて、鈎を流水の中層に流す餌にも山女魚の餌につく振舞に、何とも言えぬ興趣を感ずる。毛鈎の叩き釣りの豪快には比すべくもない。
引く、引く。鈎をくわえて水の中層を下流に向かって逸走の動作に帰れば、竿の穂先は折れんばかりに撓《たわ》む。抜きあげて、掌に握った時の山女魚の肌の感触。これは釣りする人でなければ語り得まい。渓流魚釣りの魅力に陶酔する所以《ゆえん》である。
二
岩の割れ目から、月の雫のように清水の玉が滴り落ちる渓流の源には、山椒魚《さんしょううお》が棲んでいる。これは、源流の水温が最も低いからである。源流が下《くだ》って、せせらぎとなり滝に移るところには岩魚《いわな》が棲む。岩魚も冷たい水を好むから
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