餌釣りには二間か二間半のやわらかくて、そして軽い竿。道糸は秋田の渋糸の十五|撚《よ》りか二十撚りを竿の長さだけつけるのである。鈎素《はりす》は磨きテグスの一厘か一厘半で、鈎は袖型の七、八分がよかろう。錘《おもり》は調節を自由にするため、板鉛を使う。そして、魚の餌にからまる振舞を、速やかにきくのに都合がいいように、道糸の途中に水鳥の白羽を目印としてつけるのである。
餌は川虫、山葡萄の蔓虫、鰍の卵、虎杖《いたどり》の虫、柳の虫、蚯蚓《みみず》、栗の虫、蜻蛉《とんぼ》、虻《あぶ》、蝶、蜘蛛《くも》、芋虫、白樺の虫、鱒の卵、鮭の卵、川|百足《むかで》、黄金虫、蟹などで、何でも食う。
道糸を流れの落ち込みや、瀬脇へ振り込んで下流へ流してくる途中、山女魚が餌をくわえれば、水鳥の白羽の目印が微かに揺曳《ようえい》する。そこで、すかさず鈎合わせをすれば魚の口にガッチリと掛かる。引く、引く、山女魚は渾身の力を尾鰭にこめて逸走の動作に帰るのだ。
毛鈎の竿は、短いものが都合がいい。九尺くらいか長くて一丈一尺もあれば充分である。道糸は馬尾《ばす》糸を幾本にも撚ったもの、竿三、四尺短くつける。鈎素《はりす》は上等テグスの三、四厘を二尺くらい。鈎は、鶏の襟毛、孔雀《くじゃく》の羽毛、山鳥の羽などで昆虫の羽虫に似せて巻くのである。筋さえ覚えれば、素人《しろうと》でもたやすく巻けるのである。
チョンと瀬の水面へ毛鈎を振り落とすと、鈎が水につくかつかぬというのに山女魚は、猛然と岩かげから躍り出て飛びつく。合わせる。毛鈎釣りは、鈎合わせに早過ぎるということがない。
釣った山女魚を白焼きにして、まだ温かいうち生《き》醤油で食べれば、舌先に溶ける。さらに田楽《でんがく》焼きの魅惑的な味は、晩酌の膳に山の酒でも思わず一献を過ごす。
八
史記に、支那文化黎明時代、人に穀食を教え、医薬を発見した神農は、舌をもって草を舐《な》め、その味によって種別した、とあり、齊の桓公の料理人易牙は、形の美を謂《い》わずして味の漿《しょう》を嗜《たしな》んだ、という。
そこで、さき頃筆者が、山女魚と亜米利加《あめりか》系鱒を携え日本料理人組合会の最高幹部という仁に示し、その判別を試みたところ、ついに鑑識《かんしき》を得なかった。また、豚の肝臓をもって飼養した味品まことに卑なる川鱒と生蝦の餌で育った
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