の多いのを見ると嬉しいものだ。これと反対に『はたなめ』が尠いと、鮎は違い年だということが出来る。鮎が、沖ばかりを溯って、岸近い石に歯跡を残さない場合もあるが、鮎の習性から見て、それは極めて稀なことである。

     三

 鮎のなめ跡と、誤認し易いなめ跡が汀の石にある。それは、どんこ[#「どんこ」に傍点](だぼはぜ、鯊、かじかの類)も水垢を好む魚であって、汀に近い石の頭をなめている。そのなめ跡が、鮎のなめ跡によく似ているため、これを見て、この附近には鮎が沢山いると喜ぶ場合があるが無理もないことだ。しかし、仔細に観察すると、鮎のなめ跡とは異っている。鮎は笹の葉のような歯跡を石に印するが、どんこ[#「どんこ」に傍点]は、前歯で噛んだような歯跡を水垢に残している。そしてどんこ[#「どんこ」に傍点]は、石の背面や横腹をなめない。主に石の頭ばかりをなめているから、鮎のなめ跡と区別することができる。
『はたなめ』に対して『居付なめ』というのがある。『居付なめ』の新しいのを発見すれば大いに釣れる。『居付なめ』は概して水の深いところに多い。岸に近いところにもないではないが、これは少くない。川が薄濁りに濁った場合とか、夜間静かな時に出て来て岸に近いところに在る石をなめるのであるから、深いところで安心してなめているのと違い歯跡がまばらの場合が多い。溯り鮎の『はたなめ』と居付鮎の『はたなめ』とは簡単に区別し得る。溯り鮎の『はたなめ』は歯跡が短かく小さいが、居付鮎の『はたなめ』は幅が広く、丈が長い。歯跡の長さが五六寸に及ぶものを見ることさえある。
 居付鮎は、実に丁寧に石をなめるものである。底石が、黒く地肌を出す程なめ尽す。なめ尽すと、居場所を替えるから、石が真っ黒に変っているところは、もう鮎の数が少くなっていると見てよろしいのである。ところが、鮎の群が新しい水垢を発見して集り来ったところへ囮鮎を放てば、忙しい程釣れる。鮎が新しい水垢を争いなめているのであるから、他から侵入者があれば容赦なく突っ掛って来る。鈎に掛る。
 鮎は新しい垢、新しい垢と求めて移動して行くものである。腐った垢には、鮎はついていない。早春からの古い垢がついたまま、洪水がないため川底の石が、黄色になって行くのを、川が腐ったという。川が腐れば、鮎は囮鮎を追わない。食料を争う気持にならないからだ。こうなれば、友釣は万事窮すである。手を拱いて磧に座すのみである。
 ところが、一度水が出て、川底の石を綺麗に洗い去り、水が治って一週間か十日もたつと、川底の石に薄く新しい垢が乗って来る。この時こそ、釣人は見遁してはならぬ。鮎は長い間腐った垢に閉口して居り、また出水によって食料を失い、ペコペコに腹を空かせている場合であるから、新らしいおいしい水垢を発見すれば、狂気のようになって争い食う。そこへ囮鮎を放つと、文句なしに掛ってしまう。だから、釣人は出水後の十日か、一週間が最も大切な時と思わねばならぬ。

     四

 出水があって、川底の石を洗った跡を『白川』と呼ぶ。『白川』では、鮎が釣れないのを普通とするが例外もある。
 大きな岩のかげ、又は沈床のかげ、玉石の根まわりには、出水があっても水垢が残るのである。何処の川底も出水のために綺麗に水垢を洗い去られると、鮎はやせてしまう程に腹が減って来る。事実に於て、出水後の鮎は出水前の鮎に比べて同じ丈でも目方はぐっと減っている。それ程空腹になるのであるから、鮎は必死になって餌を求める。偶々、岩のかげや、玉石の根まわりに残り垢を発見するとそこへ集って来て、多数で争い食うのである。そこへ囮鮎を放てば必ず釣れる。
 故に、白川となっても諦めては早計である。垢の残っていそうなところを仔細に観察し、川の中へ足を踏み込んで、爪先で石のまわりを撫でまわして見て、そこに少しでも残り垢のあるのを発見したならば、必ずその附近に鮎がいるものと思っていい。釣人がこんな場所を発見すれば、鮎を一人占めに釣ることが出来る。
 川が濁っても鮎は釣れる。川へ膝まで入って、足の甲が見える位の濁りならば、友釣に掛るものである。濁った時の方が却って釣れる場合がある。鮎は人の姿を恐れる。だから汀に近いところに、新しいおいしそうな垢があっても日中は近よらないものである。ところが、川が薄濁りになって来て、身を隠すに適当であるならば、深いところにいた鮎は争って汀近くへ集って来て盛に遙か遠くから指をくわえて眺めていた垢石になめつくのである。川が濁ったならば、ヘチを釣れとはこのことをいうのである。そこで、濁りが消え水が去った後、岡へ上った石を見ると鮎の歯跡が縦横に印せられてある。これを『岡なめ』という。
『岡なめ』は居付鮎が残したもののみを呼ぶのではない。溯上期の鮎も『岡なめ』を残す。それは、四月末から
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