な鮎が数多く育つ。
 雪との関係こそないが、そして川の大小の差こそあるが、越中の黒部川と裏と表の好一対である。

   二

 くだらない水温のことを、なぜ長々と書いたか。
 私は、水温と魚の質、殊に味との関係に深い興味を持っているからである。
 鮎は、水温の高い川に好んで棲む魚である。静岡の安倍川や、小田原の酒匂川は、六月過ぎて水を水田へ引き上げる頃になると、川は枯れて水温は非常に高くなる。二十五度を超えて、三十度近くにもなることがある。三十度近くなると、もう日向《ひなた》水と同じな温《ぬる》さを持ってくるのである。鮎でも、鮒でも入れればすぐ死にそうな、こうした温かい川で鮎は盛んに水垢を食っている。時には、思いもよらない浅い場所で、友釣りに掛かることがある。温かい水を好むためであろう。
 だから水温の低い川へ遡らないかといえばそうでない。利根川は中部日本では、最も水温の低い川である。五月下旬から六月上旬、鮎の遡上の最も盛りだという頃、九度から十一、二度を往復している。銚子口や江戸口から、海で育った小鮎が淡水に向かう三月下旬から、四月中旬へかけては、雪解け水の出はじめた頃で、それよりも、もっとも水温が低いのである。それでさえも、小鮎は上流へ、上流へと遡っていく。
 そして、遡り詰めたところは、水上温泉の下流、小松の発電所の付近である。でなければ支流の片品川の吹割の滝の下流、岩室付近である。近年、上毛電力の堰堤が糸の瀬にできて遡れなくはなったが――。この付近の水温は、七月中旬から、八月中旬にかけて真夏の日中でも二十一、二度を超えることができない。また夕方は早く水から上がらなければ、慄えてしまう。それでも鮎は大きく育つ。
 この辺は、真夏|山女魚《やまめ》も一緒に棲んでいるのである。
 そんな冷たい水で育った鮎の味はというと、それは上等である。七、八十匁から、百匁近い大きな鮎であるにも拘わらず、肉はキッとしまって香気が高い。殊に嬉しいことは、水が冷たくなればなるほど、鮎の骨は柔らかになる。腹に片子でも持とうという成熟しきった八月末の鮎でも骨も頭もない。モリモリと頭から食える。
 だから、利根川の鮎は赤谷川の合流点付近から上流でとれたものを、一番上等とされている。鮎の産地のことなどには、あまり関心を持たない――ほんとうは、知っているべき筈なのだが――大日本料理人組合連合会
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