りの色好みから、虚脱の風となり、このごろは臣下の多くに面接せぬという。
しからば、ご病気ご全快を待って、吉左右《きっそう》を見るより他に法はない。それまでに、粗忽《そこつ》があって美女を損じてはならぬというので、離れの一間は、警戒がよほど厳重になってきた。
仙公は、恋人を奪われてから、もう幾日。堪らなくなってきた。憔悴して、見るも気の毒な男振りとなったのである。
狸であるとはいえ、恋には純情だ。折りあらば小みどりを盗み出そうと企てた。
毎晩、お家に伝わる神通力を現《うつつ》して、奉行所の離れの間の庭先へ忍び込み、小みどりの様子を窺うのであったけれど、武士共の巡邏《じゅんら》きびしく、たやすくは彼の一室へ寄りつけそうもない。石灯篭のかげに身をひそめ、頭を長くし、丸く隈取った眼をきょろきょろさせて、懸命に心を焦《こが》している。
怪漢、推参!
一人の武士が高く叫ぶと押っ取り刀で五、六人の逞しい武士が馳せつけ、佐々木彦三郎を取り巻き、高手小手に縛り上げてしまった。
近ごろ、なんとなくこの屋敷にうろんの気配がすると思ったが、こ奴の仕業だ。
それがしも、夜になると妙なにおいが邸内
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