餅布団《せんべいふとん》にくるまって寝たのである。寝るとき玉汗は、飯が凍るといけないからと言って、米櫃を自分の床の中へ抱え込んだ。行火《あんか》の代用にするつもりであったかも知れないと思ったのである。
 寒い夜があけて、朝となった。屋根の穴に、あかい朝の光がさしているが、指先が痛むほど温度は下がっている。誰も浄水《じょうすい》を使いに行こうというものがないのだ。そこで私は、お神さんからお茶の一杯も振る舞って貰ってから早く朝飯にしたいと考えているが、玉汗と銀平は妙に落ちつき払っている。
『どうだい。そろそろ、めしにしようじゃないか、諸君』
 と、私は言った。
『…………』
 二人とも、何とも答えない。
『ひどく沈着に構えているじゃないか――ゆんべの味噌が少し残っているはずだ』
 私は、こう言いながら玉汗が寝捨てた布団にくるまっている米櫃を取りに行こうとすると、二人は一時にどっと笑い出した。そして玉汗は眼鏡を羽織の裾で拭きながら、
『味噌もめしも、ないよ』
 と、言うのだ。玉汗は不必要に眼鏡を拭うくせがある。
『なぜ?』
『夜なかに、二人で食っちゃったよ』
 これは、銀平が言うのだ。
『あっ! ほんとか』
 私は、転ぶようにして、布団のなかの米櫃へ飛びついた。だがほんとうに米櫃は軽かった。私は、ぼうっとしてしまったのだ。
 気が、われに返ってから二人にきいてみると、
『君に、先手を打たれるといけないと思って、夜なかに起きて食べた訳さ』
『ひでえなあ』
『悪く思ってくれるな』
 ああ、やんぬるかなである。

     九

 その日、小諸町から善光寺街道へ路をとって、途中でみつけた蚕糸組合や郵便局へまで、拙《つたな》い俳句の恥をさらしながら上田町を過ぎた。信州は昔から俳諧の盛んなところで、達者な人が数多くいるのを知らない訳ではなかったが、修業のためと考えて、歩きまわったわけであるなど、と私らは勝手な理屈をつけて歩きながら話し合った。
 上田から一里ばかり西の小県郡中条の木賃宿が、その夜の宿であった。そこでは宿の主人のまことに洒脱《しゃだつ》な夫婦喧嘩を聞いた。その次の日は、千曲川の流れに沿う戸倉の村をぼつぼつと西へ向かって歩いたのである。
 戸倉はちかごろ、温泉が復活してからすさまじく繁華になって、いまはもう昔の親しみ深い宿場の模様を偲ぶよすがもない。西洋づくりの店が、軒
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