ず、これを見て亀右衛門はほんとうに心を痛めてきたのである。ある年、蔵人が江戸の勤番を終えて帰国する途中をはかり、亀右衛門は十人ばかりの家来をつれて馬上に乗り出し、路上でばったり蔵人と出合わした。亀右衛門はことさらに忙しい風を装い、ただ一礼したのみで行き過ぎた。蔵人はこれを不審に思って馬をかえして亀右衛門を呼び止め、
『貴公、大分忙しそうだが何か急用でもできたのか』
 と、問うた。ところが、亀右衛門は、
『大事起こり候』
 こう答えたばかりで、また行きすぎようとする。蔵人は、いよいよ不審に思って、さらに馬をかえして亀右衛門を呼び、
『日ごろ眤懇のよしみ、このままでは水臭い。どんな大事か聞かせてくれ』
『そうか――いや別ではないが、このたび大阪に戦の用意あるによって主人も出陣との沙汰がある。ついては、拙者もその仕度に出かけるところだ』
『それは大変だ』
『そこで、加賀山隼人も近々三百人ほどの家来を打ち立てしとのこと――貴公も隼人と同祿であるから三百人の家来を用意して出陣せずばなるまい』
 亀右衛門は、こう言ってから口を一文字に結んで顔を緊張させた。これを聞いて、蔵人はその場で色を失ってしま
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