物がなくて理想的だ、と斜酣はいうのである。五人は、また親蜂の捜索に手分けをした。こんどは路傍の榛《はしばみ》の木の枝で、大妖が親蜂を発見した。例によって時計を出して計ってみると、六分ばかり掛かって帰ってきた。少し遠いが、一番やってみることにしようということになって、斜酣は蜂に真綿で結えた蛇の肉をくわえさせたのだ。
 この蜂は、ひどく力が強い。真綿をくわえあげて巣の方角を定めるため、二、三回宙を回ったが、見当がきまると東南の方へ一直線に翔《か》け出した。
 それっ!という斜酣の下知《げじ》だ。重い真綿をくわえているのだが、蜂は随分速い。五人は白い真綿の玉を追って大根畑と小麦畑の畔を夢中になって走った。走った走った。けれど、芒原のところまで走るといつの間にか、真綿をくわえた蜂は何処《どこ》へ行ったか姿を沒してしまったのである。
 これはいかん――だが巣のある方角は分かったのだから、こんどはリレー式で追跡しようということになった。畔道に三十間ばかりずつ間隔を置いて、勢子《せこ》の四人は立ったのである。そこで、また帰ってきた親蜂に斜酣は真綿をくわえさせた。
 一番に立った私から二番の論愚へ、そこへ行った行った、と呼ぶのだ。二番から三番の大妖へ蜂を受け渡し、最後の痘鳴が眼を皿のようにして空に飛ぶ小さな一塊の真綿を迎えるのだ。そして見送って、蜂が何処へ飛び込んだか見定めるのだ。
 痘鳴は、とうとう蜂の飛び込んだ芒原を突きとめた。あったあった、と狂喜の叫びをあげる。一同、そこへ走りよって見ると、芒原が日向《ひなた》に面して緩く傾斜になっているところに、蜂の穴があった。その穴を出入りする幾百匹とも知れない親蜂の数を見て斜酣は、これはなかなかの大物に違いない。迂闊《うかつ》には、手は出せない、と言って腕組みするのである。
 ややあって驚いたことに斜酣は、上着を脱ぎワイシャツを取り、ズボンから股引まで脱いでズロース一つの丸裸になってしまった。そして、上着のポケットから一つの紙包みを出したのである。これは、昨夜こしらえて置いた火薬だ。硫黄、硝石、桐炭。これを細く砕いて調合すると、火薬ができる。この火薬を蜂の口で燃やして、その煙を穴の中深く吹き込めば、いるだけの蜂が悉く眼をまわす。だが、その眼をまわす時間はほんの五、六分だから、電光石火の速力で穴の奥から巣を掘り出さなければならない。
 でないと、蜂が眼をさましてめったやたらに人間を襲撃して刺しまわる。つまり蜂の巣を壊したようだという喩《たと》え通りの大混乱に陥る。そうなれば、いかに人間であっても、多少の被害を覚悟せにゃならない。ここまで斜酣は演説してくると、いよいよ覚悟をきめたらしい。穴の口でぱっと火薬に火をつけると、お尻を宙に立て口先を水道の口のように細めて、煙を穴の奥へ吹き込んだ。斜酣は阿修羅《あしゅら》のような活動振りである。熊手にも似た大きな両手を、穴の入口の土に突っ込んだかと思うと、掘り立て掘り立て、土をはねながら全力をあげて掘って行く。
 あったあった! 狂乱の喜びだ。

     五

 私らが、穴から二間ばかり離れて見物している前へ、彼が擲《な》げ出した地蜂の巣は、直径二尺ほどもあろうと思うものが五つ重ねもあった。ぱちぱちぱち、私らは拍手喝采した。
 怪我はないか! 怪我はない、一つも刺されなかった。それで諸君、その巣を早く風呂敷へ包んでくれ給え――蜂どもが眼をさまさないうちに何処か遠くへ逃げなければならない。愚図々々していると、蜂群の大襲撃を受ける恐れがある。逃げろ逃げろ、という騒動だ。
 よし分かった。大男の論愚は直ぐ上衣を脱いで巣をこれに包み、大根畑の方へ走り出した。続いて斜酣が上着、シャツ、ズボン、股引を抱えて真っ裸で、畔道を駈けはじめたのである。
 びっくりしたのは、近くの畑に仕事をしているお百姓さんたちである。さきほどから大の男が四、五人、しかもそのうちには白に髭をはやしたのもいる。それが、どれもこれも天の一角を睨《にら》め、何か気狂いのような叫びをあげながら畑の中を走っている。そして、最後には芒原のなかで、叫喚の声をあげていたと見るうち、上着を脱いで駈け出したの、猿股《さるまた》一つで飛び出したの、それに続いて異様の風体のものが、枯芒のなかからよろめき出した。
 不思議、奇っ怪に思うのがほんとうなのである。たちまち十人あまりのお百姓さんが何だ何だと言って私達のそばへかけつけた。私は歳上であるから一同に代わって爽やかに説明を試みた。
 何だそんなことか、俺は博突《ばくち》うちが手入れに遭ったのかと思った、つまらねえ、と愚痴たらたら己が畑へ鍬をかついで帰って行くのもある。蜂の子は、うまかんべと言って愛想を言ってくれるのもある。
 それはとにかくとして、何としてもきょうは大成
前へ 次へ
全4ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング