出しという岩は、火石からできていて、なかに縦横無尽に穴が通じてある。いわば、その穴は獣類のアパートみたいなものだ。
熊をはじめ、そして狸、野狐、貉、穴熊など、数知れぬほど棲んでいる。
「きょうの山女魚《やまめ》釣りは、これまで」
仁王さまのように逞しい案内人も、いよいよ観念したらしい。怖じ気がつくと、なんとなく追われるような気持ちがする。
二人は、急いでもときた渓畔を下流の方へ下り、先刻の砂の河原のところへ出て、対岸の芒原の丘を望むと、いた。
四
枯れ芒《すすき》のなかから、背中だけ出していたのであるから、よほどの大物にちがいあるまい。体を東南に向け、首だけ西南へ向けて、凝乎《じっ》と私らをにらんでいる。ところが私らが渓の岸に踏み止まった瞬間、熊のやつ、くるりと体を翻すと同時に一目散に北方に向かって走り出した。人間を見て、逃げだしたのであろう。
それまで知っているが、あとは知らない。気がついたときには、二里も離れた人里近い土橋の上に、二人は蒼白の顔を見合っていた。
私は、あとにもさきにも、こんな恐ろしい目にあったことはないのである。
野州鬼怒川の支流に、男鹿川とい
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