あろう。
 身延の駅を中心として下流が大島河原、上流が波高島《はだかじま》である。ここが鮎釣りの本場であって、百匁に近い大ものが渾身《こんしん》の力をこめて逸走の動作に移れば鈎も糸も、ブンと飛ばしてしまう。七月に入れば、水際に近い砂原の糸遊《しゆう》に揺れて、腰に通い筒を下げながら幾人もの釣り人が遠くかみ手の方へ歩いて行くのを見る。
 芝川、内房川、稲子川、佐野川、福士川、戸栗川、波木井川、早川、常葉川など、何れの支流も、今年は鮎が多い。四月下旬というのに若鮎は、河口から五十里も上流にある釜無川の支流塩川まで遡って行った。塩川は、甲信に蟠居《ばんきょ》する八ヶ岳の雲霧の滴りである。ここまで来れば深山の鮎だ。

 支那の料理書に、甘にして薄ならず、というのがある。鮎の味品はまことにこの言葉をシンボライズしているのではあるまいか。
 その食感を想えば、我が肉虜《にくりょ》ひとりでに肥えるを覚えるのである。
 激湍《げきたん》に釣ろう。そして、夕食の膳に一献を過ごそうではないか。



底本:「垢石釣り随筆」つり人ノベルズ、つり人社
   1992(平成4)年9月10日第1刷発行
底本の親本
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