に育つ。
 興津の名物は清見寺と、坐漁荘、枇杷《びわ》ばかりではない。興津川の鮎がある。古生層の緑色斑岩を主塊となす峻峰白根三山が、太平洋へ向かって長い裾を延ばした、その襟のあたりに水源を持つ興津川の水は玉のように洒麗《さいれい》である。底に点々とする石の姿もいい、水垢の色も艶《つや》々しい。
 崖の上の柑橘《かんきつ》畑から淵を望むと、まどらかな眼を頭の上へちょこんとつけて、楚《そ》々として相戯れている鮎の群れは、夏でなければ求められない風景だ。やがてそこへ簑《みの》を着た漁人が来て、巖上に立った。間もなく梅雨がいたるのであろう、緑の山に灰色の雲が低く動く。
 興津川の鮎は、食品として清淡なる海道随一の称があるのである。

   七

 日本三急流の一つである富士川に育つ鮎は、また素晴らしく大きいのである。
 笛吹川は甲武信岳の方から、釜無川は甲斐駒の方から、峡中を流れて鰍《かじか》沢で合し、俄然大河の相を具現して湲《えん》に移り潺《せん》に変わり、とうとうの響きを打って東海道岩淵で海へ注ぎ込む。富士川|下《くだ》りの三十里、舟中我が臍の在りかを確《しか》と知る人は、ほんとうにまれで
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