多摩川の渓谷も、清麗である。今年も、江戸川や小和田湾で採れた稚鮎の放流で川は賑わう[#「賑わう」は底本では「振わう」]。豪壮な友釣り姿を見るのは、大利根川である。殊に上州の赤城と、榛名の山裾が東西に伸びて狭まって上流十里、高橋お伝を生んだ後閑《ごかん》までの間の奔淵《ほんえん》には、ほんとうの尺鮎が棲んで、長さ六間の竿を強引に引きまわす。そして背の肌が淡藍に細身の鮎は、風味賞喫するに足るであろう。
 奥利根の釣聖、茂市の風貌《ふうぼう》に接するのも一つの語り草にはなる。
 妙義山下から流れる出る鏑川、裏秩父の神流《かんな》にも今年は、珍しく鮎が多い。また、奥秩父から刄のような白き流れを武蔵野へ下《くだ》してくる隅田川の上流荒川も、奇勝|長瀞《ながとろ》を中心として今年は震災後はじめて東京湾から鮎の大群が遡ってきた。翆巒《すいらん》峭壁を掩う下に、銀鱗を追う趣は、南画の画材に髣髴《ほうふつ》としている。

   四

 常陸国の久慈川の鮎は、質の立派な点に味聖の絶讃を博している。水源地方岩代国の南部に押し広がった阿武隈古生層は、久慈川に美しき水の滴りを贈っているので、川底に落棲する水垢が
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