多摩川の渓谷も、清麗である。今年も、江戸川や小和田湾で採れた稚鮎の放流で川は賑わう[#「賑わう」は底本では「振わう」]。豪壮な友釣り姿を見るのは、大利根川である。殊に上州の赤城と、榛名の山裾が東西に伸びて狭まって上流十里、高橋お伝を生んだ後閑《ごかん》までの間の奔淵《ほんえん》には、ほんとうの尺鮎が棲んで、長さ六間の竿を強引に引きまわす。そして背の肌が淡藍に細身の鮎は、風味賞喫するに足るであろう。
奥利根の釣聖、茂市の風貌《ふうぼう》に接するのも一つの語り草にはなる。
妙義山下から流れる出る鏑川、裏秩父の神流《かんな》にも今年は、珍しく鮎が多い。また、奥秩父から刄のような白き流れを武蔵野へ下《くだ》してくる隅田川の上流荒川も、奇勝|長瀞《ながとろ》を中心として今年は震災後はじめて東京湾から鮎の大群が遡ってきた。翆巒《すいらん》峭壁を掩う下に、銀鱗を追う趣は、南画の画材に髣髴《ほうふつ》としている。
四
常陸国の久慈川の鮎は、質の立派な点に味聖の絶讃を博している。水源地方岩代国の南部に押し広がった阿武隈古生層は、久慈川に美しき水の滴りを贈っているので、川底に落棲する水垢がまことに純潔である。これを食っている鮎は、丸々とそして肉が締まって育って、さらさらと流れる小石底に脚を埋め、沖の岩礁に鮎群を制する興趣は、他に類を求めることができぬ。
また、野州の那須の山奥から出て湊の海門橋で海水と混じる那珂川にも、今年は大そう鮎が多い。中流の長倉、野口、阿波山、上流の烏山、黒羽まで、六月上旬から友釣りの快味を土地の人々が満喫していた。鮎の質は、久慈川ほどのこともないが、数が漁れるので人気を集めている。しかし、支流荒川の大鮎は姿は素敵に見事である。その味と共に、世に推賞してよろしいと思う。
五
流れは小さいが、昨年頃から東京の釣り人の注目を惹《ひ》いている川がある。それは、紺碧の芦の湖から出て、翠緑の箱根を奔下してくる早川である。早川村、板橋、風祭、入生田と次第に上流へ遡るほど水の姿は複雑を加う。しかも割合に鮎の形は大きく、数が多い。浴客がゆかた掛けに麗人を具して釣りする姿を見るは、早川のみにある風景である。
酒匂川も捨て難い。二宮尊徳翁の故郷、栢山村を中心として釣りめぐれば殊のほか足場がよろしいのである。この川もまた震災後はじめての大遡上であると、沿
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