早く、平和に帰つて欲しいのが山々である。
かう述懐して、しみ/″\とするのである。私は、これをきいて切なる言葉であると思つた。そこで私は、問うてみた。
「とはいふけれど、現在日本に帰化したとはいひながら、中国がかうも日本に苛められてゐる場合、君は日本に敵愾心は起らないものか」
と、言つて私は呉の顔を見たのである。
「…………」
彼はこの問をきいて、しばし瞑目して唇を開かなかつた。しかし、やがて眼を開いて静かに語りはじめた。
「――御説の通りである。私は、帰化して日本人となつてゐるが、この腕のなかには中国の血が流れてゐますよ」
かういひ終ると彼は袖から左腕を出して、前膊の白い皮膚を右の掌で二三度叩いてみせた。
「――而かも、蒋介石は私と故郷を同じくしてゐます。中支浙江です。私は蒋介石の心事を想ふと、胸が一杯になります」
と、いつて彼はまたうちしほれた。やがてまた言葉に力を入れて、
「私は、一つの信念を持つてゐます。たとへ蒋介石が日本に征服されたとて、私が日本を征服してその仇を取つてやるといふ信念を持つてゐます。私は、この痩せ腕で武器を執つて血を見る戦争の術は知らないけれど、私は
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