った。後輩だから、子供扱いするわけではないが、このごろ大分《だいぶ》大人びてきた。木暮は、私という人間を知らないから、先輩だなどと思ってはいまいけれども、私は木暮を知っているから、先輩は先輩だけに、木暮の身の上を心配しているのである。
 なかなか演説がうまくなった。抑揚《よくよう》といい論理といい演説の見本みたいなことをいう。だが、なんとしても木暮から客引風が抜けない。もっとも、木暮は伊香保温泉の宿屋の亭主であるから、自分の帳場の番頭の風がひとりでにしみ込んで、いつとはなしに、こすっからくなってしまったのだろうが、なんとしても木暮には野人の味が乏しい。
 先代木暮武太夫は、自由党時代の代議士で、からだのどこかに国士の風があった。しかし、伜の武太夫にはその風は譲られてない。清濁合わせのむなどという概は、よそ国のことと考えているらしいのだ。政友会型じゃない、民政党型だ。生まれ性ならいたし方がないと考える。
 だけれども、前橋中学からも一人の大臣を出したいと熱望する。そう思って前中出身者の顔触れを眼に描いてみると、やはり木暮武太夫の顔ひとりが大きく映ってくる。木暮は、将来必ず大臣になれると思う。まあ、永井柳太郎級の大臣にはなれると思う。それよりも大きな人柄の大臣になりたいと思ったら、も少し人生勉強をしてくれ。
 木暮の話でひどく長くなったが、あれは私の後輩なのであるから堪忍してください。私は釣りが好きであるから、議場が釣り堀のように見えるのだ。釣り堀の底に、妙な魚がうようよ泳いでいる。町田忠治は、政権という餌を捜しているめごち[#「めごち」に傍点]みたいだ。永井柳太郎はのっぺらとして舌平目[#「舌平目」に傍点]の感じがある。桜内幸雄は、鮟鱇《あんこう》といったところだろう。桜内の胆が、鮟鱇の胆のようにおいしくたべられるのはいつだろう。
 秋田清は、ごんずい[#「ごんずい」に傍点]だ。中島知久平は、墨烏賊《すみいか》だ。小磯国昭はべん[#「べん」に傍点]鯛だ。小磯は果たして将来大鯛にまで育ってゆき、魚類の王さまになるかどうか。
 議会の魚類はどれもこれも、物足りなさそうな顔をしている。でも、武士は食わねど高楊枝《たかようじ》というあんばいで、支那と戦っているのは、餌が欲しくてやっているのじゃない、と頑張っているのだ。
 私も、腹がへってきた。時計を見るともう六時近い。まだ、
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