ょっと手がでますまい、と言ったような顔をする。これでは、東京に鯨肉が普及しない訳だ。
 欲張りをも顧みず、鮎川港の生鯨解体作業場へ手紙を出した。ありがたいことに、腰肉を大樽に一樽贈ってくれた。
 これを友達数人と、道玄坂のさる割烹《かっぽう》店へ提げ込んだが、ここでは残念なことに、船で食べたような調理の旨味をだしてくれなかったのである。
 最近、大阪へ旅行したから有名な新町の鯨料理屋へ行って食べてみたが、ここの水たきと、醤油漬けはさすがに旨かった。瓦斯ビル裏の鯨料理は感服しない。
 キャッチャーボートは、この月末に南極の海へ母船と共に、巨鯨を狙って出発するという。その船長連が二、三日前東京へきて会食したとき、来年の四月、日本へ帰ってくるときには、南氷洋の雄鯨の睾丸と甲状腺、雌鯨の腰肉を塩漬けにして持ってくると約束してくれた。
 それを食べたら来年の夏は、随分元気が出ることだろう。

     五

 河豚《ふぐ》の魔味に、陶酔する季節がきた。
 だが河豚の毒にあたって昇天してしまってはやりきれないのだけれど、そうめったに中毒するものではないから安心だ。日本の近海には三十数種類の河豚がい
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