は儲けた。今回の出漁は、これでやめることにしよう。ということになって鮎川を出て四日目の夕、沖から帰港の途についた。最後の夕飯であるから別れの鯨を食おう。という訳で食堂に集まったのが、船長はじめ一等運転手、機関長、水夫長、無電技師に私らである。給仕が第一に運んできたのが鯨の味噌漬けの焼いたのに、鯨テキである。これは、ほんの前菜に属するらしい。本物は、鯨のすき焼きだ。狭い食堂が、鍋下の火気で暑い。いずれも肌抜ぎで鍋と首っ引きをはじめた。
 よく食えるものである。牛のひれ肉よりもっと柔らかい。そして、薄い脂肪がほんのりと唾液を誘う。肉片の適当に分解したところを捕らえた烹調《ほうちょう》の旨味は、昔の料理書にある熟して燗せず、肥にして喉ならず、といった頃合《ころあい》ではないかと思う。
 ひどく、鯨ばかり食ったものだ。これで堪能した。まことに、鯨肉に対する認識を改めた訳である。東京へ帰ってから一週間ばかりたつと、あの味を思い出して唾液が舌に絡むので何とも堪えられない。そこで、築地の河岸へ行って捜してみると、まさに鯨の腰肉というのがあった。値段をきいてみて驚いた。百匁四円五十銭だ。と吹っかけてち
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