すだけでけろりとしている。皮膚が硬いからいかに強く叩きつけられても、何の怪我もない。眼をぱちぱちさせて人を眺めている。魚のうちで、まばたきするのは河豚に、どんこ沙魚《はぜ》ぐらいのものだろう。
六
近年、東京市中にだいぶ河豚料理屋が増えた。そのうち一流の河豚料理屋というのは一両年前まで、手前どもでは本場の下関から材料を取り寄せています。と駄法螺《だぼら》を吹いたものだが、今日ではそんな言葉に騙される人はあるまい。
瀬戸内海では下関方面で広島、九州の中津沖、徳山湾で漁《と》れたもの。広島近くでは宮島、江田島、大阪近くでは播州の家島群島中鞍掛島、太島、宇和島、加島など、また淡路島の福良から由良へかけての荒い瀬戸、紀淡海峡などのものが本格ものとされているけれど、東京近くにも立派な河豚がとれる海がいくらでもあるのだ。
東京湾内の三浦半島の野島と房総半島の木更津と、第二海堡を繋ぐ線の上に一之瀬、二之瀬、三之瀬という釣り場がある。これを総称して中之瀬と呼ぶが、ここには素敵に河豚が沢山いて種類も多く味もいい。それから三浦半島の鴨居沖、三崎の湾口。房総半島では、大貫、湊、竹岡、金谷、勝山、館山などで漁れる河豚は、どこへ出しても、関西ものに勝るとも劣っていない。
また、相模灘へ出れば網代沖から伊東方面。下田から伊豆半島の南端長津呂の牛ヶ瀬、神子元島のまわりへ行けば、澄んだ海の中層に三、四尾ずつつながり合って泳いでいるのを見るが、残念ながら外海の河豚は波が荒いので、肉の組織が粗荒で味が落ちる。東京湾内のものに比べて、推奨できないのである。
こんな訳で、所謂《いわゆる》食通と言われる連中が下関の河豚なりと信じきって舌なめずりしている河豚は、大抵東京湾内から集まってきたものを食っているのだが、このごろではかえって東京から関西方面へ荷が回っているくらいだから妙なものであるといえよう。
まず、河豚通になろうと思えば、横浜の宝来町の河豚屋へ行って、そこの料理場を見せて貰ってから、食ってみるがいい。ここのなら、ほんとうにたしかだ。
河豚の毒を、テトロドトキンというのは誰でも知っているが、この毒は呼吸中枢を麻痺させるから、人間が死んでしまっても、二、三十分間は心臓が動いている。そして眼もぱちぱちしている。河豚が、岸角へ叩きつけられたときと同じの、風采であるそうだ。
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