が、門のそとの路を東から西の方へ往く若い女の姿が、映画の一駒が瞬間に銀幕を過ぎるように、賢彌の瞳に映ったのである。記憶のある美しい女の横顔。
――そうだ、法師の女――
賢彌のからだは、細かく顫《ふる》えた。だが、賢彌の足は門のそとへ向かって走っていた。女のうしろ姿を見ようとして、門の廂の下に立ったけれど、黄昏の路上に人の姿はなかった。
そのことがあってから後、賢彌は四、五回ほど、門のそとを過ぎ往くあの美しい女の横顔を、夕景のなかに見たのである。しかし、女は一度も門のうちへ正面を向けたことがない。いつも横顔のまま、門前を過ぎて行く。
十一月に入ってからは、夕方がくると庭へも門の廂にも佇まぬことにした。幻奇の予感が、賢彌に濃く漂いはじめたからである。しかし、この妖しい出來ごとについては、固く口をつぐんで祖母にも母にも一言も語らなかった。
九
晴れた空に星が冴えて、木枯らしが水の面に、はらはらと落ち葉を降らせてくる夜である。赤谷川の相俣の淵は、両岸に百尺あまりの絶壁が屏風のように衝《つ》っ立ち、日中でも澹暗が漲っている境地であるが、やがて絶壁と絶壁が相対する截《き》れ間から
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