寒鮒
佐藤垢石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)措《お》いて
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 静寂といおうか、閑雅といおうか、釣りの醍醐味をしみじみと堪能するには、寒鮒釣りを措《お》いて他に釣趣を求め得られないであろう。
 冬の陽《ひ》ざしが、鈍い光を流れにともない、ゆるい川面へ斜めに落として、やがて暮れていく、水際の枯れ葦の出鼻に小舟をとどめて寒鮒を待つ風景は、眼に描いただけで心に通ずるものがある。舟板に二、三枚重ねて敷いた座蒲團の上に胡座《あぐら》して傍らの七輪に沸《た》ぎる鉄瓶の松籟《しょうらい》を聞くともなしに耳にしながら、艫《ろ》(とも・へさき)にならんだ竿先に見入る雅境は昔から江戸ッ子が愛好してきた。
 鮒は、秋の半ば過ぎると、水田や細流から大きな流れへ落ちていく途中、充分に餌を採って、やがて暮れ近くなると静かな流れの深いところへ巣籠《すごも》ってしまう。これを狙って釣るのが寒鮒釣りである。
 寒鮒釣りは、岡釣りでもやれるが、舟釣りの方が楽しみが深い。浮木《うき》釣りと脈釣りと二種あって、全く流れのないところでは浮木を用い、緩やかな流れのあるところでは浮木をつけな
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