鰍の卵について
佐藤垢石
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)山女魚《やまめ》釣り
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|塊《かたまり》の
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「魚+才」、48−10]《さい》
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私の、山女魚《やまめ》釣りを習った場所は奥利根であった。この地元では春先、山女魚を釣るのに餌は鰍の卵と、山ぶどうの虫を餌に用いたのである。
しかし、この二つの餌のうち、鰍の卵の方が断然と成績がよろしい。それは、早春の山女魚は鰍の卵を常食としているためであろうと思う。けれど、この卵を人間が食べると甚だおいしくないのだ。鰍の肉は、天ぷらにしても、焼き枯らした味噌田楽《みそでんがく》にこしらえても、あれほどおいしいのに、また鮎もはやも、肉も卵も共に立派な味を持っているのに、同じ川魚でありながら、鰍だけが卵においしい味を持たぬのは妙であると思ったことがある。そう言えば、鯰《なまず》の卵もおいしくない。ギュウギュウの卵もおいしくない。してみると、鰍と同じ形をした魚は、すべて肉はおいしいが卵はおいしくないのかも知れない。
肉も、卵も共においしくないのは、※[#「魚+才」、48−10]《さい》という魚である。
だいぶ余談に入ったが、鰍は随分、夫婦仲のよろしい魚である。産卵期は地方によって違う。しかし、一月下旬から四、五月頃までである。奥利根川地方では二、三月頃が、産卵の盛期である。抱卵した鰍は、流れの強い底石の、それが矢倉《やぐら》に組んである石の天井を捜して、卵を産みつけるのである。産卵が終わると、鰍の夫婦は矢倉石の上流と下流の二つの入口に頑張って、外敵の侵入を防ぐのだ。
矢倉に組み立った石というのは、そうやたらに川底にあるものではない。それを鰍たちが捜すのであるから、一つ矢倉石に幾組もの鰍が産卵しなければならぬのだ。そこで、後からその矢倉石を発見した体力のある鰍の夫婦は、先口の鰍夫婦を追い払って、前に産卵した矢倉石の天井へ産みつける。こんなことが幾度も繰り返されるので、人間が一つの矢倉石を発見すると、一つ石から数層の鰍の卵を得られるのである。数層の卵といえば、ゆうに一合以上はある。
鰍よりも、山女
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