綱が掛かった。その途端に孫七牛は綱をはずして、西の口から村落の方へ向かって、疾風のように逃げだした。
五
その夜私らは、星野仙一氏方へ厄介になることになった。そして、食卓を囲みながら、二十村郷の闘牛のしきたりや、闘牛は単なる農村の娯楽でなく、農家増産の一方法であること、牛と飼主との愛情などについて、こまごまと話を承ったのであるが、今回は紙数が尽きたため、これらのことは次の機会に記すことにした。
その夜、二十村郷へきて、も一つ驚いたのは越後の豪農の大生活のことである。星野氏方の建物の大きさと広さ、物に豊かなことは、現在都会に住んでいる私らが見れば、むしろ一つのナンセンスでもあった。
翌朝、大内村に孫七さん方を訪うて、孫七牛を見舞うた。
孫七牛は、牛舎のなかに眼を閉じて、おとなしく跼《せぐくま》っていた。角の直後の脳天に、まだ黒い血がにじんでいるのを見た。
底本:「『たぬき汁』以後」つり人ノベルズ、つり人社
1993(平成5)年8月20日第1刷発行
※<>で示された編集部注は除きました。
入力:門田裕志
校正:松永正敏
2006年12月2日作成
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