るよりも、わが輩が呑んだ方に意味がある。こういう結論に達した。それから呑んだ呑んだ。朝から夜半まで。客に売ったのは僅かに一斗あまり、三斗ばかりは二十日足らずのうちに、呑んでしまった。
 それ、ご覧なさい。
 女房は、四斗樽の運命に対して、己の予言の適中を誇るのであるが、ほんとうはこれからのしょうばいが駄目になったならば、自分達家族はどうして暮らして行くのかという切実な抗議が含みにある。
 なにはともあれ、やはり店に酒類を置かねばしょうばいにならない。四斗樽は既に呑み干して空になったのであるから、その補充について問屋へ相談に行った。
 そうですか、腹へ入れて置けば一番安心ですがね――。
 これからの日本酒は陽気を食いますから、こうしなすっちゃいかがです。電気ブランがよいと思いますが。
 電気ブラン?
 ご存じでしょうがね、これは重宝なんですよ。一升八十銭が卸値ですがね。それをそのまま小さなコップに注いで売れば電気ブラン、これは強いですよ。少し水で増量してコップに注いで売れば、それがウエスケ。電気の方は一升で小さなコップに五十杯は取れましょう。一杯十五銭に売って、七円五十銭の売りあげ、水を混ぜてウエスケとすれば八十五杯は取れる。一杯十銭と見て、売りあげが八円五十銭。日本酒よりもこの方が商いがやりやすうございますよ。
 酒問屋の番頭は、商売の秘法を教えてくれた。まことにありがたい。
 直ちに、電気ブランを一升仕入れた。しかし変わらず店に客は少ないのであるから、私は毎日電気ブランばかり呑んでいた。十五日間ばかり続けて呑んだら、顔が丸くぶよぶよにむくんで、青灰色に化けた。[#地付き](昭和二十一年三月中旬記)



底本:「『たぬき汁』以後」つり人ノベルズ、つり人社
   1993(平成5)年8月20日第1刷発行
入力:門田裕志
校正:松永正敏
2006年12月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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