俺は、若いころ河童の宴会を見物したことがある。まだお前が生れない前の話だ。お前もあの利根川の源景寺渕に続く河原へ遊びに行つたことがあるだらう。あの河原の、萱の叢のなかで河童の宴会が開かれたのだ。
 或る夕方利根川へ鮎釣に行つて帰るさ、あの河原を雑木林の坂の方へ歩いて行くと、叢のなかでひそひそと話し声が聞える。そつと覗いてみると五六匹の河童が、酒盛の最中であつた。貧乏徳利を囲んでひどく上機嫌にやつてゐる。源景寺渕に、昔から棲みかをなす九千坊の一族だらう。酒の肴は鯉、鯰、鮎、鮒、鰍などふんだんに平石の上に置いて、差いつ押へつ大した景気だ。俺は、この珍況に思はず見とれた。
 やがて、一同に酔色がまはつてきたころ、連中のうちで一番大きく逞しさうな一匹が申すに、おれたちはいつも酒の肴に魚や水草ばかり食べてゐるので、あきあきした。なにかほかに変つた肴はないかと思案したところ、あつたあつた。それは、未風村の猫万どんのところで飼つてゐるあの小馬だ。今夜丑満頃に猫万どん方の厩舎へ一同揃つて忍び寄り、小馬を引きだしてきて源景寺渕へ誘い込んで殺してしまひ、九千坊親方を中心に大盤振舞を催し、けとばしに舌鼓をうたうと考へたのだが諸君はどうぢや。
 これをきいて、河童連中膜のある青色の掌を拍つて妙案々々と叫んだぢやないか。
 欧洲の河童も、中央亜細亜の河童も、支那の河童も、日本の河童もすべて馬肉を好む。猫万どんのところの小馬が狙はれてゐるとは物騒千万。猫万どんといふのは、猫背で背中に円い座布団を背負つてゐるやうな恰好をしてゐる万吉老人であるから、猫万どんと呼ぶのである。
 俺は、これは大変ぢやと思つた。それから直ぐ村へ走つて帰つて、河童の申し合せの一部始終を猫万どんに語つてきかせた。猫万老は、顔を蒼くして驚いた。実はこの馬、奥州の方からやつてきた博労に大枚七十両がところ払つて買つた小馬だ。それを源景寺渕の河童共の、酒の肴に盗まれてしまつては、吾が家は破産だ。と、泪を流すから、万さんよ、狼狽するなよ。河童などに大切な馬を盗まれて堪るものか。
 幸ひあの河童めらは酒が好きだから、焼酎の五六升も買つて置いて、夜半にやつてきたら、たらふく呑ませて脚腰の立たぬやうにしてやるがよい。そして、河童めを一匹虜にして置いて、それを香具師《やし》に売れば却つて儲かるちうものだ。
 さうかい、それは妙案だという
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