りませんから、東京へ言ってやって取り寄せておきます。こんなお願いをしてすみませんね』
『さ、私に縁談ばなしというのが、やれるかどうか――とにかく、この次くるまでに取り寄せておいてくだされば、心当たりがあった時にお役に立ちましょうから』
と、言ったけれど、別段私にこれという心当たりがあった訳ではないのである。もう、私は眠くなった。話はこの辺で打ちきって寝ることにした。そして、私は床へ入ってから考えた。森山さんの底なしの近眼、にきびの抓《つま》み跡というのでもなければ、毛穴が膨らんでいるという訳でもない。ただ顔にぶつぶつと小さい窪みが無数にあって色が黒い。その上に、上背が五尺あるかなしかの、幅広の体格から想像すると、もし兄さんに似ている妹さんであったなら、女として美しい出来ではないかも知れないと思った。しかし、世の言葉に、
――容貌は、吊り合わぬ方が仲がいい――
という話があるから、女としては最高学府を出ていることだし、ことによったら骨折り甲斐があるかも知れない。こんな風にも思ったのである。
三
鯛が鈎《はり》に掛かって、死にもの狂いに海底で糸を引きまわす力の味は忘れられない。殊に淡紅の色鮮やかに、牡丹の花弁をならべたような鱗の艶は、友人に贈っていつも絶讃を博すのだ。
その趣に惹《ひ》きつけられて、十日ばかり過ぎてから、また外房州の浜へきた。
森山さんの家では、私を喜び迎えた。その日、一日海上を釣りまわって夕方帰ってくると、森山さんは晩飯のとき、
『届きました。私に似て、とてもまずい女です』
と言って四角の封筒から一枚の写真を出して、卓袱台《ちゃぶだい》の上へ置いた。私はそれを取ってみた。ところが、私が想像していたところの妹さん――いやこの兄さんには少しも似ていない。鼻筋が通って、丸い顔が色白く写っている。写真のことであるから背丈のことは分からないが、和服に袴がよく似合って、七三におとなしく分けた頭髪はつつましやかに年より若く見える。写真屋がうまくこしらえたところもあろうけれど、これなら満更でもないと私は眺め入った。
『随分美しいお方じゃありませんか』
私は感心した風に言った。
『いいえ、お恥ずかしいのです』
と、森山さんは答えたけれど、いささか私の言葉に満足を感じた風でもあった。
『よろしゅうございます――私、預かっておきます』
『どこ
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