っけ》にとられた。ところへ、山岡が小走りに走ってきて、これも甚だ語気鋭く私の顔を仰ぎ見て、
『君、人をからかうのはやめ給え』
六
翌朝、山岡から速達のはがきがきた。
――今後、君と絶交する――
と書いてあるだけであった。私は、私の粗忽《そこつ》を悔いた。ああ止んぬるかなと思った。それから一週間ばかり過ぎると、森山さんから手紙がきた。それには、
――差し上げておいた写真と、戸籍謄本とを至急返送して貰いたい。次に、申すまでのこともないが、今後房州へ釣りにきても私のところへは立ち寄ってくれるな――
と書いてある。
つまらない出来心から、二人の知り合いを失ってしまった。下手な親切気など、起こすものではないと私は思った。
ところが、それから十日ばかり過ぎると、絶交状を突きつけてよこした山岡が、突然私の家へ飛び込んできて、
『君、困ったことになったのだよ。この二、三日、毎晩夜半になるとあの女が僕の枕元へ、影のようになって立っているんだ。便所へ行けば、廊下に立っているんだ。腕を伸ばして撲《なぐ》りつけようとすると、もういない。恐ろしくて眠れないんだ――君、何とかしてくれ』
と、蒼《あお》くなって言う。
『それは君、夢か現《うつつ》だよ。君、しっかりしろよ――』
『いや君、ほんとの幽霊だ』
『そんな馬鹿なことが――』
私は魅《み》こまれたような思いがした。
そんなことがあってから数日後、旧盆に仲造のところに僅かなものを贈っておいた礼手紙が届いた。その末尾に、
――一週間ばかり前、森山さんの妹が磯の高い崖の上から海へ飛び込んで自殺しました――
と、書いてあった。これを読んで、
――山岡に、なんの怨みもあるまいに――
と、思ったが、全身の血が頭へのぼったかのように、背中がぞくぞくと寒くなった。
[#地付き](一四・六・二)
底本:「完本 たぬき汁」つり人ノベルズ、つり人社
1993(平成5)年2月10日第1刷発行
底本の親本:「随筆たぬき汁」白鴎社
1953(昭和28)年10月発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2007年4月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さ
前へ
次へ
全9ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング