ころと、野州の連山の消えるところのわが村から指して東南の一隅には、全く山を見ない。夏は、その地平線から白い雲が湧き、冬は灰色の浮雲が、その地平線に吸い込まれて行った。
上州の東南地方から武州、下総国かけて一望、眼を遮るもののない大平野である。一つの小山もなく、青い田と畑が、際限なく押し広がっている。この平野の尽くるところの海辺に東京の街がある。前橋から二十八里。
大正十二年九月一日の夜、大震災の火の手はいよいよ逞しく、東京の下町を殆ど焼き尽くしたが、天を焦がす猛火の反映が、燃ゆる雲となってむらがり立ち、関東平野の西北端にある赤城と榛名の麓の村々からも、東南の水平線に怖ろしきばかりに見えたのである。
東京も永い年月住んでみれば、万更いやなところでもない。こうして、お膝元を離れ麦田と桑畑に囲まれた農村へ帰り住むと、白雲が流れる東南の方、都の空がなつかしくもある。
私の、上新田の茅舎《あばらや》は、利根の河原へ百歩のところにある。朝夕、枕頭に瀬音の訪れを聞くのは、子供の時からの慣わしである。利根川なくして、私の人生はないようなものだ。四季、さまざま想い出の水が流れる。初夏には、母や姉
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