ような思いがした。
 ――遠い日の、みやこ鳥――
 三十年近くも前の、私の若き頃の身の俤《おもかげ》が、ひとりで幻想となって眼の底に浮かんできた。改めて、私はゆりかもめ[#「ゆりかもめ」に傍点]をみつめた。

 眼がさめると、私は淀川堤の暁の若草の上に、横になっているのに気がついた。
 ――何だ、自殺も忘れていたのか!――
 私は、昨日の夕べのことを顧《かえり》みた。また、暗い気持ちになった。
 ――何たることだ――
 起こした半身を、[#「、」は底本では「,」]再び堤に倒して草の葉に顔を埋めた。土の匂いがする。一瞬、くにの耕土に親しんでいる老いた父と母の顔が、頭を掠《かす》め去った。
 ――キキ――
 頭の上で、鳥の声がした。いそしぎ[#「いそしぎ」に傍点]だろうか、川千鳥だろうか。
 幼い頃、父に伴われて故郷の川へ鮎釣りに行くたびに、河原で聞いたいそしぎ[#「いそしぎ」に傍点]の声に似ているのである。私は額《ひたい》をあげて、ぼうっとした視線を、淀の川瀬に向けた。
 私の寝ている堤の下に、しがらみ(柵)があって、その下手は瀬かげをつくり、水が緩やかに流れている。そこに、二羽のゆりか
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