狸肉を賽の目に切って泳がせたのであった。
これは結構であった。先年、虎の門で啜ったたぬき汁と違う。軽く山兎に似た土の匂いが肉にかおり、それが一種の風味となって私の食欲を刺戟した。
以上、いろいろの調理のうち私の賞味したのは、肉だんごである。これが支那料理にある※[#「豸+權のつくり」、第4水準2−89−10]々《かんかん》の炙《しゃ》に当たるかも知れない。次は、味噌汁つまりたぬき汁である。私は、十数年前上州花咲峠の奥の、武尊《ほたか》山の峭壁に住んでいた野猿を猟師から買い受け、その唇を味噌煮にこしらえて食べたことがあるが、軽い土臭と酸味を持っていて口では言い表わせぬ魔味を感じたのであった。今回の八丁味噌のたぬき汁も、かつての猿唇に味品が相通じていて、まことに快興を催したのだ。
しかし、これは要するに今回狸肉がおいしく食べられたというのは、一流の料理人の手にかかり、調味のあんばいよろしきを得たからであろうけれど、これを素人料理にしたら結局銀狐の肉と同じように手がつけられぬ珍饌となって、味聖に幻滅を感ぜしめるのではあるまいか。
ついにその夜、狸は大衆的代用食には適せぬと折紙がつけられた。とうとう、狸公はバスに乗りそこなった。
だがしかし、野狸の方の食糧難だけは、うまく解決してやりたい。[#地付き](一五・一〇・三)
底本:「完本 たぬき汁」つり人ノベルズ、つり人社
1993(平成5)年2月10日第1刷発行
底本の親本:「随筆たぬき汁」白鴎社
1953(昭和28)年10月発行
※<>で示された編集部注は除きました。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2007年4月2日作成
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