っ張りの下にかけた。かねての申し合わせは、白鉢巻を合印にするのであったけれど、今朝それを用意してきたのは森五六郎の外、二、三人しかないようであった。
さきほど、有村が八蔵爺さんに褌二本を註文したのは、一本を胯間に結び、一本は鉢巻に使うつもりであったらしい。
刀は、五、六人の分だけ大関がけさ風呂敷に包んでここへ持ってきている。ほかは、銘々腰にさしていた。大抵伝家の刀であるが、中にはこのたびの議がまとまる前、既に水戸の鍛冶に鍛えさしたものもあった。いずれも二尺四寸から、三尺近い大刀ばかりであった。
森五六郎の携えてきた刀は、二尺八寸の新刀であった。広岡子之次郎の刀は、大の方が二尺六寸五分、小の方が一尺四寸六分、何れも無銘の新刀である。有村は前から同藩の奈良原喜左衛門から関兼元二尺六寸の大業物を借りて差していたが、けさもこれを持ってきた。小刀は無銘で一尺八寸、これも美濃ものらしい。稲田重蔵は、安政六年十月金子孫次郎から貰い受けた備前助真を持っている。同志の腕は、既に血を求めて鳴っていた。
六
『点呼っ!』
と関鉄之介が低い声で布令《ふれ》た。
『もう、大体揃ったようだ』
懐中から、連判帖を取り出し硯箱を引き寄せて、筆に墨を含ませた。
『岡部――森山――佐野』
『おう――おう』
底力のある返答と共に、連判帖の名前の上へ黒い点が落ちていった。
『黒沢――大関――有村』
これを最後として十八名の点呼は終わった。一人の不参者もない。
そこで関は、懐中から一枚の書き付けを取り出した。
『これは、これまで幾度か同志に示したはずであるが、折節《おりふし》列席のない方もあったから、再び申し告げることにする。つまり、部署についてのことだ。不調法ながら拙者は、君命によって一隊の懸引《かけひき》を掌る役目を承っている。また、ここにいる木村、野村の両人も、同志の手に余る敵のある時、飛び出して行って加勢仕る役割、謂わば予備員でご座る。また一挙の後、老中自訴の砌《みぎり》、誰か惣代にならねば口上区々となって不都合を生ずる。これは、金君からかねて斎藤君へお願い申してある。されば、斎藤君はまず戦闘に加わらぬものとご承知願いたい。次に右翼の先鋒が黒沢、有村、山口、増子、杉山の五名。同じく後隊が鯉淵、蓮田、広木の三名。左翼は佐野、大関、森山、海後、稲田、広岡の六名。前列を乱すは森山一人の役目。岡部一人は井伊の行列が、邸から突出するを斥候する役目。さて目的を果たせし後は、互々潜行して大阪の義挙に加わること。また、重傷を蒙りて進退意の如くならざる者は、斎藤監物に率いられ田安殿、内藤殿、脇坂殿いずれへなりと、自訴すること。以上承知ありたい』
厳かに、こう申し渡した[#「こう申し渡した」は底本では「かう申し渡した」]関の面上に、凄気が流れた。同志は寂として、しわぶき一つするものがない。悲壮の気、霏々《ひひ》として降る雪の愛宕山上に漂った。
『時分はよかろう、一同出発!』
関が号令をかけると、一同は申し合わせたように武者震いした。じーんと血が頭へ集まっていくのを感ずる。
菱餅を並べたかに似た金杉、芝浦の街並みは愛宕山上の眼下にあった。品川、大森と思える方の雪の杜《もり》は、はてしない海に続いている。遠く上総の洲崎は煙っている。いま、同志がおりて行く男坂には、もう雪が四、五寸も積もった。
七
木綿の白い褌二本を買い求めて、八蔵爺さんが急いで絵馬堂へ戻ってきた時は、もう十八の同志が出発した後であった。
土間に十八人で分けて飲んだ貧乏徳利と茶のみ茶碗が転げている。下駄や草履も、乱暴に取りちらしてある。
『何者の、寄り合いだんべ』
爺さんは、しばし解けぬ疑いに茫《ぼう》っとして、堂の入口に佇んだ。
大老井伊直弼が、水戸浪士のために桜田門外で討たれたのを八蔵爺さんが聞いたのは、それから二刻とたたぬ時であった。
伊賀袴をはいて竹胴を着けた武士が、一つ橋に近い若年寄遠藤但馬守の辻番所の傍らまで落ちのびた時、ついに深傷に堪え兼ね、大老の首級を前に置いて腹を切った話は、翌日になってから社務所の役僧に聞いたが、爺さんは竹胴をつけた武士の顔を思い出し、
『も一足早かったから[#「早かったから」はママ]、あの褌が間にあったろうに――』
褌のない武士の壮絶な最期が、まざまざと眼に浮かんだ。
有村は、臍の上を横に四寸ほど、右の方へ一寸ほどあげて腹を切ったが、朝からの奮闘の上に重傷を負ったため、腕に力抜けてそれなりに路上に突き伏した。但馬守の辻番所の中で絶命したのは、それから半刻後であった。
懐中に、二月二十七日の日付けで吉原元海老屋から受取書が一通あった。
一、昼夜二分(千とせ、玉越)一、一分(芸妓二ツ)一、台二分一、二朱(肴一枚)一、二
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