と、心をきめてひとりでにやにやとした。そして斉正が登城すると政務などそっちのけで、七面鳥まき上げの談判をはじめた。
 斉正にしたところ、いかに自分の女房にしたとこで、承諾も得ないでその愛玩物を差し上げるとは約束をし兼ねる。そこで、
『自分は、生来活き物が嫌いであるから、七面鳥など持っていない』
 と、答えた。
『その方、偽りを申すか』
 さっと、顔を紅にして腰を立てた。上殿から危うく転び落ちそうになったのを、背後から小姓が袍《うわぎ》を押さえた。斉正は、たかが七面鳥のことで、将軍と争うほどのこともあるまい、と急に考え直した。
『はははは……いやそれは、わたしの家内が飼っていますので――』
『そうか、叔母のものなら余のものと同じようなものじゃ。直ぐ持って参れ』
 とうとう盛姫は甥の家定に、鐘愛《しょうあい》措くところを知らない七面鳥をまきあげられてしまった。

     二

 鵞鳥は、何の表情も持たないが、七面鳥の喜怒哀楽には、甚だ変化があって面白い、と感じたらしい。けれど自分の観賞に誰も共鳴してくれる者がなかったので、まことに不満でいたところ、ある日奥医師が六人打ち揃って、拝診に伺候した。
 当時、将軍家の奥医師というのは三十人常置となっていて、毎日六人宛交代して伺候することになっていたのである。家定は、いい相手がきたと考えた。例のとおり、脈の伺いが済んだ後で、将軍は医師たちに、
『その方どもは、七面鳥という南蛮わたりの珍鳥をまだ見たことはあるまい』
『は!――』
『見たいと申すか』
『冥加至極に存じます』
 家定は、得意になった。直ぐ、掛かりの御小納戸に命じて、七面鳥を庭前へ誘い出させた。ところで、医師共は揃って庭へ降り立ち、
『珍鳥の拝観、冥土までの語り草に存じ奉ります』
 声を揃え恐縮し、腰を跼《かが》めて恐る恐る七面鳥の傍らへ近寄っていった。
 一体、家定の企図としては、七面鳥の習性を知らない医師共が、何の理解もなく傍らへ近づいて行った途端、七面鳥が持ち前の癇癪と底意地の発揮に会い、鋭い嘴に襲撃されて周章狼狽の体を見たい、というのにあったのであるが、七面鳥の奴どうしたことか、医師共を見ると日頃の気前を忘れたように、馴れ馴れしく歩み寄ってくる。
『こんなはずではなかったが――』
 片唾《かたず》を呑んで、医師共が悲鳴をあげる瞬間を楽しみにしていた将軍は、張っ
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