女の人が、冬はいつも真綿《まわた》の背負子《しょいこ》を著《き》ていました。不断は何の気も附かない宅の主人が、「あの人は越後《えちご》ではなかろうか」といいますので、顔馴染《かおなじみ》になった時聞きましたら、やはりそうでした。近親という事です。それは越後の風習で宅の母なども毎年修繕してつかいました。亀の子|笊《ざる》をふせて幾重ともなく真綿を拡《ひろ》げ、新しいのを上に被せます。よい加減の厚さになると浅葱《あさぎ》などに染めたのを上に被せ、薄い布海苔《ふのり》を引きます。染綿は汚目《よごれめ》の附かぬため羽織と著物《きもの》との間に挟んだり上に背負ったりするのに、べたべたせぬために布海苔を引くのです。
私の家は坂を上ったすぐ右手にあって、門の内に幾百年も経たらしい松の大木がありました。そこらは山ででもあったのを崩したのでしょう。太い根がすっかり顕《あらわ》れて、縦横になっていてよい腰掛でした。ここらは皆土井家の地所なので、向い側は広い馬場になっていました。低い土手がずっと廻って、そこにも四、五本松の大木がありました。その土手には春は菫《すみれ》が咲き、土筆《つくし》などもぽつぽつ出
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