ていましたのに、背こそすらりとしていますが、色白というのでもたく、顔立もよいとは思われぬものですから、「まあ、あの方がお若い時はそんなに美しかったの」と、呆《あき》れたようにいいますと、お父様は笑って、「若い時の美人は猿になるというからなあ」とおっしゃいました。
 清水さんは御子息さんにお嫁さんもあり、お孫さんもおありでした。お父様の病家で、よくいらっしゃいます。御殿の話などが出ますと、「私が御殿におりました時には」などと、お藤さんは平気で話されるとのことでした。お藤さんはずっと後まで御丈夫で、お心易《こころやす》くしていました。お兄様の誕生日などに、団子坂の家へお出のことなどもありました。

 東京へ来ましても、学校へ通うのにはまだ間がありますし、そこらを見て歩きたいのですが、狭い家へ荷物が著いたり、それを片附けたりするので、なかなかどこへも連れて行ってもらわれません。それでも亀井家のお墓所|弘福寺《こうふくじ》が近くにあるので、まずそこへだけはと、お祖母様とお母様とに連れられて、お参りに行きました。
 家を出て土手の方へ向って行きますと、左手は前に書いたお湯屋で、右手の広い空地《あ
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