往来からよく見えます。どれも大きな髷《まげ》に結って、綺麗な簪《かんざし》をさし、緋の長襦袢《ながじゅばん》に広くない帯、緋繻子の広い衿《えり》を附けた掛《かけ》という姿です。すっかり順に並びますと、その前へ蒔絵《まきえ》の煙草盆と長い煙管《キセル》とを置きます。これを張見世《はりみせ》というのでしょう。右の出入口は広い板敷で、上には大きなランプが幾つか吊してあり、若い男が角の大きな下足札《げそくふだ》に長い紐《ひも》を附けたのを二、三十本も右の手に持って、頻りに板敷を叩《たた》きます。終りに板の間の上をうねうねと揺すぶって、鼠鳴《ねずみなき》をするのです。それから外へ出て、格子を叩いています。入口には三所ほどに、高く盛塩《もりじお》がしてありました。縁起を祝うのだそうです。内田病院の前まで行きましたが、あっちでもこっちでも下足札の音がします。遅くなるからと引返して、左の道を急ぎました。
それから程なく、往来から家の中の見えるのはよくないからと、格子の前に白い日覆《ひおおい》のような物を掛けるようになりました。
それらの二階建の家に混って、大きな仕出屋《しだしや》がありました。大勢の男女が働いています。これは貸座敷ばかりへ食物を入れるので、ここらでは台屋《だいや》といいました。食物は足附きの大きな台に幾つでも並べて、被《おお》いなどはしないで、それを男が頭の上に乗せ、柄の長い提灯で足許《あしもと》を照しながら、さっさと歩きます。古い絵などにあるのと全く同じで、珍しく思いました。その食物を台の物というのです。
薬師様が近くなると、ぞろぞろと人が続いて、あたりにはカンテラの油煙《ゆえん》が立昇ります。雨も降らないのに、恐ろしく大きな傘を拡げて、その下で飴屋《あめや》さんが向鉢巻《むこうはちまき》で、大声でいい立てながら売っています。「飴の中から金太《きんた》さんが飛んで出る。さあ買ったり買ったり。」
白い飴の棒を刃物でとんとんと切りますと、おどけた顔が切口に出るのを面白く見ていました。
傍に金魚屋がいます。大きな小判形の桶《おけ》を幾つか並べた中に、金魚が沢山泳いでいます。中でも丸々と太って、尾が体の倍ぐらいもあるのはリュウキンというのでしょう。品があって見事ですが、そんなのは幾つもいません。「立派だねえ」と、見とれていました。小ぶりなのが一杯いるのも綺麗ですし、鮒尾とかいって、尾の小さいのが、はしっこく元気に動きます。金魚屋は硝子の薄い丸い玉を、細い赤い糸で編んだ目の荒い網に入れ、水を少し入れて渡します。私も金魚を買うことにしました。小さな叉手《さしゅ》を出して「どれでも欲しいのをおすくいなさい」というのですが、なかなか思うようにすくえません。とうとう金魚屋さんに頼みました。落したら大変と、大事に提げて帰ります。お座敷の卓の上の鉢植と並べて、飾りましょうと思いながら。
美しいのは簪屋さんでした。横四、五尺、両側は三尺足らずの屋台で、障子のような囲いをして、黍殻《きびがら》のようなものを横に渡したのに、簪が一杯刺し並べてあります。外に小さな箱に入れて、立てかけたのもありますし、小さな硝子の簪などは、幾本かを一緒に筒に立ててあります。大きな撮細工《つまみざいく》の薬玉《くすだま》に、いろいろの絹糸の房を下げたのが綺麗です。赤や黒塗の櫛《くし》に金蒔絵したのや、珊瑚《さんご》とも見える玉の根掛《ねがけ》もあります。上から下っているのは、金銀紅の丈長《たけなが》や、いろいろの色のすが糸です。この店には、小さな吊しランプが二つも下げてありました。売る人はその前に腰を掛けて、煙草を吸っています。立止って動かないのは女ばかりです。
それから地面に直ぐに筵《むしろ》を敷いて、玩具《おもちゃ》類を盛上げているのもあります。
また面白いのは虫売で、やはり小屋掛けですが、その障子は市松《いちまつ》模様に貼《は》ってあり、小さな籠《かご》が幾つともなく括《くく》りつけてありました。さまざまの虫が声を揃《そろ》えて鳴いています。野原や庭で鳴いているのは、近くへ寄っても鳴きやめるのに、雑沓《ざっとう》の中でよく鳴いていることと思います。その店にはなお、大きな籠に黒絽《くろろ》を張って、絵の具で模様を画いたのに、蛍が一杯這入っていて、その光が附いたり消えたり、瞬《またた》きするようで綺麗でした。やはり黒絽で張った小さいのが、まだ幾つも下げてありました。
人の大勢たかっている処は見ないで行きましたが、道の傍の土の上に筵を敷いたのに小さな子を寝かして、傍に親らしいのが坐って、お辞儀をしているのがあります。子供は眠っているのか、じっとしています。「可哀そうね」といいましたら、定は笑って、「子供はどこからか借りて来たのだそうで。肥えた子は安くて、痩
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