太陽系統の滅亡
木村小舟
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)我《わが》住所
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(例)一団の大|瓦斯《ガス》塊は、
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(例)音響《ひびき》[#ルビの「ひびき」は底本では「ひぴき」]
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新世界建設同盟会=恐怖時代=死世界は活世界となる=エーテルの利用=地球を運搬す=最後の通告=地球の末期
上 太陽滅亡の悲惨
太陽及びその他の惑星は、近き将来に於て滅亡せんとす! との一声は、あたかも響きの物に応ずるがごとく、全世界に向って、電光の速かなるように走り報じたのである、太陽の滅亡! と同時に、全地球上の人類は、我《わが》住所の絶滅、我あらゆる者の滅尽を連想して、如何に彼らは、多大の恐怖と、悲嘆とに陥ったであろうか、神経の過敏なる者どもは、この一声の警電を耳にしただけで、すでに生気を絶たれたほどであった。
宇宙は不可解なり、されど不可解だけに、また如何なる世界があろうやら知れない、宗教上に説く所の、天堂極楽のごときも、あるいは我が太陽系統以外の恒星界を意味するかも知れぬ、坐して滅亡の悲運を目前に眺めんよりは、しかず広大なる宇宙に走って、さらに新世界を築かんには!
欧米の学者はともに声を一にして絶叫した、乞うまず彼らの語る所をきけ。
「昔、宇宙には極めて多くの火球があった、太陽もその一つであったが、彼らは同じように非常なる速力で回転しておったのである」
今や新世界建設同盟会の一人は、某天文学者の学説を公衆に紹介すべく、壇上に現われて、かくのごとく演《の》べたのである、ここに於て吾々は、まずこの新世界建設同盟会の現状に就いて記さねばなるまい。
驚くべき警電に接したる彼らは、すでに黄禍だとか白禍だとかいえる、さる偏狭なる人種上の争奪を棄却して、互に恐るべき太陽系を逸脱して、さらに別天地に子孫の繁栄を図ろうとしたのである。
所はこれ東西大陸の中心、完全なる天文台は、敢て経費の支出を俟《ま》たず、地球上に存在せる、あらゆる材料を搬入して、立所に出来て仕舞った、また同盟会議所のごときは、優に一億万人を収容するに足るべき大殿堂であるが、ここには各国から簡派したる、各階級の議員が、充満しておるのである。
これらの議員は、いずれも財産を思うもの一人もなく、等しく自己の生命を全うして、未来の安楽を希《こいねが》うものばかりである。
同盟会の一人は、さらに語を続けて述べていうよう。
「かの高熱度を有する火の玉、すなわち一団の大|瓦斯《ガス》塊は、自ら非常なる速度を有して宇宙の一辺に回転しつつある内、その外側に当ってさらに一大輪を生じたのである」
この時一人の弁士はこれを反駁して曰く、
「否々、我世界は、由来神の創意に依って出来たのである、瓦斯球が回転しているなどとは真赤な嘘でござる、もし君のいうごとくならば、その瓦斯体なるものは、どういう理由で出来たか、ただ訳もなく出来るはずはござらぬ、何としてもこれは神、即ち造物主の創造に帰するの外はない、如何にというに、神は吾人の想像し得ぬ永劫の昔から在ったものではないか」
と、これは保守党の弁論で、大分ノーノーと呼ぶ声もあった、すると先の一人はこれを反駁するために、
「暫く清聴せられよ、もし君のいわるる通り、造物主の創意になったものとすれば、今回のごとき、恐怖時代があろうはずはない、神は蒼生を憫《あわれ》みこそすれ、これを滅亡して快とするような了見の狭い者では有るまい」
謹聴謹聴の声が起る、やがて満堂は水をうったごとくに静まり返る、彼は得意そうに説明を続ける。
「さて諸君、急速力に依って出来た外輪は、二個三個遂に八個となり、しかも相ともに回転しつつあった、しかるにこの小瓦斯塊は、分子間相互の引力に使《よ》って、凝集して楕円塊となり、さらに収縮してその密度を増すのである、彼らの楕円塊がその熱度を空間に放出して、外殻が出来たものこそ、我地球のごとき有様を呈する、しかるに中央の本体たる大瓦斯塊はどうであるか、勿論これとても早晩その運命を地球と同じくするのである。
すなわち今でこそなお烈々たる勢いを放ちて、盛に燃焼しているが、早晩全く火気を失う時には、吾々の世界の滅亡する時だ、否早晩ではない、吾らは目前にこれを控えているではないか、新世界建設同盟会たるや、全くこの急を免れんとするために起ったのである」
かく叫びながら彼はその座に復したが、代って起《た》った一人は、さらに世界滅亡時の悲観を詳説して曰《いわ》く、
「諸君恐怖時代は目前に来たのである、我系統の主公たる、かの天の太陽は、近き将来に於て滅尽しようとするのである、否我地球は、さらにそれよりも近く、全く破滅に帰するのである!
かの天に夜毎清麗なる光を恣《ほしいまま》にする月は、由来我地球の分身にして、しかも地球よりも早く死滅したる一世界である、汝《なんじ》に出ずるものは汝に帰るとかや、かの月は、やがて我地球と衝突して、二体同一となるのであるが、その時は我世界の破壊時にして、何物の生者をも存在せしめない。
死せる地球、及び他の惑星は、瀕死の太陽を囲繞して、暫しは哀れを止むるが、その太陽が中心迄、冷えきった時は、宇宙の一辺には、偉大なる怪球どもの残骸が横たわって、見るも無慚なる有様となる」
時に一人は叫んだ。
「君よ、太陽系はかくのごとくして全く滅亡に帰し、再びその生を回復し能わぬか」
彼は殆《ほとん》ど絶望の涙を湛えて、弁士の確答を促したのであった。
「憂うるなかれ、宇宙の万物は、すべて流転輪廻の法則の下に存在するのである、即ち滅亡せる太陽系統は、或る時機に於て、必ず復活すべきことは、何人といえども否定し得ないであろう、君よ今まさに滅亡せんとする我世界は、悠久の過去に於て、すでに幾度も生滅を繰返したのである」
彼はかく述ぶるとともに、暫時その咽喉《のど》を湿《うるお》すべく、冷水の杯を手にしたのであったが、かかる分秒時とも、彼らの聴衆は静かに俟つだけの時間を有さなかったのである。
「弁士! 滅びたる我世界は、何年の後に復活すべきや、かつ如何なる動機に依って燦然《さんぜん》たる光輝を放つに至るか、希くは不安なる吾らが胸に一縷《いちる》の光を望ませて下さい」
と、これもまた救世主の前に叩頭する罪人のごとく、顔色青ざめて、五体を慄わしておる、されどその答は、却《かえ》って聴衆の胸中に、さらに暗雲を漲らしむるに過ぎなかった、しかり全く絶望的の断案は下されたのである。
「君よ、この問いに対しては、吾々は殆ど確答し得ない、のみならず微々たる太陽系の死骸は、広大無辺の宇宙に介在して、ただ何らの目的もなく、右に往きあるいは左に往きする時、他の偉大なる恒星に会して、ここに相衝突する時、死せる太陽は、再び息を回《かえ》して、爛々たる光熱を吐くに至る、されど君よ、死せる太陽が、めぐりめぐりて、他の星体に相会する年数は、十万年なるか、はた二十万年を要するか、そは微少なる吾々の智識にては、到底判断することの出来ぬのを憫れと思われよ」
彼は憮然として、また他をいうを好まなかったのである。
中 滅亡時に処すべき覚悟
今や同盟会員は、祖先以来永住の地球を見捨てて、さらに別世界に移住すべく余儀なくされたのである、しかもこの事たる、頗《すこぶ》る難事業で、到底軽々しく決行し得らるる問題ではない、されば聴衆の内には、すでに「無為にして滅ぶ」「吾らはただにその生命ばかりでなく、祖国否天賦の大塊をも破滅せらるるのか」などという、絶望的の歎声さえ起って、さしもに広い大会堂も、殆ど暗澹たる憂愁の雲に被われて仕舞った。
この時、この有様を見るに見兼《みか》ねて、猛然として演壇に起ったのは、齢《よわい》七十に余る老ドクトルである、彼は打ち凋《しお》れたる聴衆の精神に、一道の活気を与えんがために、愁いを包んで却って呵々大笑し、まず彼らの視線をそこに集め、おもむろに口を開いていった。
「満堂の諸君! 卿らは何故にさる失望落胆の声を発するか、予は頗る不思議に思う、そもそも人類には霊魂と称する不死不滅のものがある、試みに気息ある人の体量と、死せる者の体量と比較し見よ、彼に比してこれの甚だ軽き所以《ゆえん》は、元より体中に存在せる空気の量にも依るであろう、しかしそれにしてもなお吾々の智識を以て、とても計り知る事の出来ぬ多大の重量があり、久しく医界の疑問となっていたのである、しかるに何ぞ知らんや、この不可解の重量こそ、正しく霊魂その者の目方たること、漸《ようや》く千九百〇六年の最近に於て、しかく断定せられたのである。
これに依って思うに、よしや太陽系統は一時滅亡の悲境に立ち至るとも、吾々の霊魂なる者は、決して運命をそれと一にすべきものではなく、必ず他の世界に飛行して、再び活動の端を開く、五尺の肉体何の惜しからむや」
と、彼は滔々《とうとう》万言、聴衆に大なる慰安を与えようとした、けれどもこの提案は、何人も歓迎しなかった、即ち彼らの多くは、皆口々にいって曰く。
「老ドクトル閣下、吾々は今や父祖累代の財宝金銀、あらゆる物をば、全く土芥のごとくに放擲《ほうてき》したのである。今やこの五尺の体躯こそ、最も貴重すべき宝となったではないか、それをも棄てさするに至っては……ああ、天地一の善神さえ無いのか!」
この一言は、全く聴衆全体の声であった、しかり悲しき響きであったのだ、時に今迄は、ただ片隅に、熱心に各議員の説をきいていた一人の物理学者は、聴衆の悲痛を見かねて、雄々しくも壇上に現われた、彼は年なお壮、風貌甚だ揚れる一紳士である、聴衆は彼を見るや、等しく青二才めと冷笑して、もはやその説に耳を借《か》そうともせず、知らぬ振りして他を向くのであった。
されど青年物理学者は、至って沈痛なる語気を以て、
「諸君、予はここに諸君の賛成を得たき一の提案を有っておるのである、そは別事にあらず、空間のエーテルを利用して、一の新案飛行器を造出し、以て他の新世界に進むのである、しかしながらかくのごとき試験は、往古より未だ何人も行わなかったのであるから、あるいは不成功に終るかも知れぬ、ただ吾々は諸君が何物よりも貴重する身体を安全に他界に移し得らるるかとも信ずるのだ」
と彼は熱誠を以て説いた、聴衆はあたかも暗中に一閃光を認めたかのごとくに、気早やなる連中は、
「実行実行!」
と絶叫したのであるが、さらに一人の空想家はこの言を遮って、
「僕はさらにより以上の名案を有するのである、諸君乞う意を安んぜよ、吾らは過去の時代に於て、かの彗星なる奴が、しばしば地球に衝突すべく、全世界の人民に、大なる恐怖心を有たせた事を熟知している、この彗星たるや、本来は太陽系に属する物にも拘《かかわ》らず、彼の軌道が放物線をしておるので、どこへ行くやらも解らぬ、故に吾々はまず何とかして彗星迄行って、それから先き、他の世界へ飛び移ろうではないか、これ彗星が久しき間、吾々から厄介者にされていた酬《むくい》故、彼も必ず好意を以て応援してくれるに相違ない」
と彼は滔々として、自己の想像説を弁じ立てたが、殺気立てる聴衆は、却って大いに憤慨して、この空想家を演壇から撃退して仕舞った。
するとさらにこれに代って立ち現れたる一人は、大声疾呼「驚くなかれ諸君よ」の冒頭を以て、まず聴衆の鼓膜を破ったのである、彼は狂せんとする人々を押し静めて、さて説いて曰く、
「諸君! 君らは何の故を以て、物々しく悲観し給うか、僕は寧《むし》ろ諸君の迂《う》を笑いたいと思う、かくいわば君達は例に依って僕を攻撃なさるかと存ずるが、僕はまた僕だけに自信がある、君達も疾《とっ》くに御承知であろう、かのアルキメヂスという男は、槓杆《てこ》を以て地球を動かすと断言したではないか、しかもそれは遠い昔しの事だ、昔しの人でさえ地球を動かすといったのに、今文明の恵みの光に浴する僕らが力を以てするからには、ただに地球を動かすに止
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